『名も無き 雑草。・・そして 此処に おります♪』 


by deracine_anjo
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『鏡の中の女』 小説 (28)


優子は 久し振りに銀座にいた。
短い間だったが いつも 優子の髪を結ってくれる美容室の椅子に腰掛 馴染みの女性と久し振りに穏やかな談笑をしながら 鏡に中で 夜の女ではない髪に結い上げられていく自分の顔を 時折見つめていた。
カランとドアが開き 何気にそちらを見ると かつて『ママ』と呼んでいた ジョゼのママが 早々に髪を結いに来た。
同伴の予定でも 入っているのだろう。
目敏く優子を見つけたが 素知らぬ素振りで 案内された鏡の前に坐り 煙草に火を点けた。
当時の面影からすると 残念ながら あの頃の勢いは無い様だった。
これが 夜の世界なのだろう。
まして 優子が東郷に引かれた事での打撃は 大きかった筈だ。
優子も 素知らぬ顔の儘 静かに店を後にした。



夕方 東郷を玄関で迎えた優子を見て 
『ほう・・・明日に備えてかな?』
穏やかな微笑みに 優子も 優しく微笑み頷いた。
『ホンの少し前の事なのに あの頃の 麗香の色香とは 今夜は違うな。
棘もない。艶やかじゃ。その 藤の着物も 良く似合っておる。』
『お帰りなさいませ。お褒めに預かり 嬉しゅうございます。
お食事の用意が出来ておりますが・・・』
『うむ・・・その前に 茶を点てて 貰おうかな。』
『はい。ご用意は しております。』
『優子は 賢い女だ。では 先に着替えてくるので 茶室で待っていてくれ。』
『はい。かしこまりました。』
東郷の後を林田さんがついていく姿を見届けて 優子は茶室へと向かった。
茶の用意をしていると 着物姿の東郷が 静かに現れた。



一服 嗜んだ東郷は 暖かな瞳で優子を見つめ
『優子。明日の心の準備は もう出来たようだな。
良い目をしておる。お前さんらしい 綺麗な瞳じゃ。』
『はい。お陰様で 漸く 明日を迎える事が出来ました。それに 東郷様のお心に背かぬ様に この数日間 静かに過ごして参りましたので 大丈夫でございます。
明日は しっかりと この目で この心のままに 出向いて参ります。
唯 一つ 東郷様に 御願いがございます。
心乱れぬ様に 明日の朝 今一度 奥様とお逢いしとうございますが お許し下さいますでしょうか?』
『ああ、構わん。しっかり あいつと話せば良い。
さて・・・そろそろ 小腹も空いてきた。食事にするとしようか。』
『はい。私も お腹が空きました。
今日は 又一段と 林田さんが腕によりをかけて 旬の食材を使ったお料理を作ってくださいました。楽しみですわ。』
『とんかつは無いのか?』
『東郷様。。。』
『はははっ。。。』



翌朝 優子は喪服のいでたちで 東郷の妻の前で長い間 静かに手を合わせていた。
その後姿は 冴え冴えとしてはいたが 決して 刃物の様な冷酷さでは無かった。
迎えに来た杉浦弁護士は 一瞬 驚いた様だが 優しく微笑む優子の瞳に 何かを納得した様に 微笑み返した。
『東郷様 では 行って参ります。』
『ああ。しっかりとな。』
『はい。ありがとうございます。では・・・。』
車中でも 優子は 何も語らず 唯 静かに瞳を閉じ 心の中で 亡き両親と語り合っていた。
裁判所に到着し 車から降りてきた優子に 報道陣や野次馬も 近寄る事が出来ない オーラが包んでいた。
其れとは対照的に 被告人席に坐る上坂は 逮捕当時のふてぶてしさも消え 随分と歳を取った老人の様だった。
厳かな静寂の中 裁判官が入廷してきた。
一通りの罪状が語られ・・・



『被告人 上坂洋輔。求刑通り 無期懲役と処す。・・・・・・・・』
それ以後の 裁判官の言葉は 優子にも上坂にも 何も 聴こえてはいなかった・・・・。

『鏡の中の女』 小説 (28)_a0021871_114387.jpg


             『鏡の中の女』  小説 (28)
by deracine_anjo | 2005-05-16 11:47 | 『鏡の中の女』 小説