『名も無き 雑草。・・そして 此処に おります♪』 


by deracine_anjo
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『鏡の中の女』  小説 『序曲』


女は もう何時間 こうしているのだろうか・・・。
膝を抱え 身動きもせず 只 ボンヤリと 宙を見つめている。
目の前のテーブルの下には 無残に粉々になって割れたお皿やコップ
男の為に作った夕食の料理が 痛々しい残骸として 散らばっている。
男の姿は無い。
もう 二度とこの部屋に戻ってくる事は 無いだろう。
投げ捨てる様に 最後に女に向かっていった言葉・・・・
『お前の様な 辛気臭い女 俺が 本気で愛しているなんて 思っていたのか!俺が今迄 お前と一緒にいたのは お前に 金が 有ったからだよ。でも もう ウンザリだ!!お前の顔なんて金を貰っても 二度と見たくない。俺の荷物は 箱にでも詰めて 玄関前にでも置いておいてくれ。後で 取りに来るから。じゃあな、あばよ。』
思い切りドアを閉めた音が 最後に 耳にこだました。



漸く 女はノロノロと立ち上がり キッチンからゴミ袋を持って来て 自分のココロの様な残骸を拾い 袋に投げ入れ始めた。
頭の中も 心の中も 今は 何も考えられない状態だったが 妙に 冴え冴えとした神経だけが辛うじて 女を支えていた。
女の瞳には 涙は無かった。
空洞になった様な瞳で 只 黙々と ゴミ袋に残骸を投げ入れていた。
フローリングの床に 点々と紅い雫が落ちている。
割れた食器で 指を切って仕舞った事にも 気が付かない様だった。
一通り片付けが終わる頃には もう 空は白みかけていた。
女はバスルームに向かい カランを思い切り開いて バスに湯を張り 今一度 リビングに戻った。
椅子に腰掛け 男が残していった煙草をくわえて 火を点けた。
思い切りむせ返った瞬間 女の瞳から 大粒の涙が零れ落ちた・・・・。



翌日 女は何時も通り 勤務先の設計事務所に出社していた。
元々 目立たない女だ。誰も 彼女の変化に 気が付く者などいない。
黙々と言われた仕事をこなしながら 女は 1つの事を 考えていた。
それは これから先 女の人生そのものを 変えてしまうかもしれない。
いや・・・女は 変えようとしていた。
例え それが 失敗に終わったとしても 今の惨めさから比べれば どうと言う事は無い。
誰が 哀しむ訳でもない。
女は 生まれて始めて 人生の賭けに出ようとしていた。
今までの自分と 決別する為に・・・。
定刻通り会社を退社した女は 自宅に戻り 男が言った様に 男の荷物を 全て段ボール箱に詰め込む作業を 醒めた心で続けていた。
男の荷物と言っても このマンション自体が 女の持ち物で 男の荷物など 衣類や雑多な物ばかり。
一通り詰め込む作業が終わって 女は コンビニで買ってきたお弁当を 暖めもせず 只 黙々と荷物を見つめながら 食べていた。



男との一年近い生活は この段ボール箱のガラクタの様なものだったのだと・・・・自分に言い聞かせながら・・・・。
もう 女は 泣いてはいなかった。

『鏡の中の女』  小説 『序曲』_a0021871_15413156.jpg


           『鏡の中の女』  小説  『序曲』
by deracine_anjo | 2005-04-08 16:02 | 『鏡の中の女』 小説