『名も無き 雑草。・・そして 此処に おります♪』 


by deracine_anjo
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『風を感じて』 短編小説 (3) 『退院』

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大学には 父と二人で出向き 留年の手続きを行なった。
異例な事だが 学院長先生とも直接話をする事が出来 理事会との会議
の結果に基づいて 留年期間を2年延長というお話しまで して下さった。
私自身もこの大学を卒業していたのだが 部屋を出る私の肩に手を置き
『優香さんが戻ってこられる事 待っていますから 御家族も 頑張って下さい。』
と 温かい言葉に送られて 父も私も不覚にも 涙が溢れそうになるのを
必死で堪え 深々と頭を下げ 部屋を出るのが精一杯だった。
大学は 眩しいまでの若者で溢れかえっていた。
そう・・・それぞれに明るい未来を夢見る新入生達が 笑いさざめき輝いていた。
ホンの少し前まで 優香もあの中にいたのだ。
一瞬だが 私の心の中に 怒りにも似た感情が湧き出てくるのを感じた。
そんな私の肩に そっと父が手を置き 哀しみ色した瞳の奥で 優しく私を包んでくれていた。



門を出ようとした時に 後ろから男性が小走りに走ってきて 声を掛けてきた。
『遠藤さん・・・』
振り向いた私達の目の前には 優香のボーイフレンド・・・正哉君が立っていた。
彼も全治2ヶ月の怪我をし 退院後は何度も優香の病院にも我が家にも
ご両親と共に来てくれていたが 優香は一度も逢おうとはしなかった。
深々と頭を下げ 真っ直ぐな瞳で私達を見つめ
『その後 優香さんの状態は如何でしょうか?まだ 退院の日取りなどは決まっていらっしゃらないのですか?』
彼自身も身体の傷とは別に 心にも傷を負っていた。
父は静かに微笑みながら
『正哉くんの身体の調子は大丈夫なのかい?いつも 優香を見舞ってくれてありがとう。
なのに 優香が逢う事を拒んでいるそうだが 君に責任がある訳じゃない。
許してやってくれ。
唯 暫くは そっとして遣っておいてやって欲しいんだ。
直ぐに昔の優香に戻る。お陰様で 退院の日は決まったよ。』
父の言葉を一つ残らず聞き逃すまいとでもする様に 瞬きもぜず真っ直ぐ父を見つめ 『退院』という言葉を聞いた瞬間には 一瞬 輝きが戻ってきた様な気がした。
『決まったんですか。良かった!!本当に良かった・・・』
それ以上 言葉にならない正哉くんは 深々と頭を下げ 涙を見られまいとでもするかのように 小走りに去って行った。



退院当日も父と二人で優香を迎えに行った。
母は迎える準備があるからと言っていたが 瞳の奥には 小さな怯えが見てとれた。
父も無理強いをせず 優しく母に
『優香の好きな物を 沢山用意して待っていてくれ。じゃあ 行って来るよ、ママ。』
そう言葉を掛け 家を後にした。
車の中で 気が付くと互いに無口に成りそうになるのを 出来る限り避けるかのように 私は父に話しかけていた。
それは これからの不安に 家族が脅えていたに他ならない。
優香は相変わらず 殆んど感情を見せず 言葉も発していないままだった。
病院では 担当医からの今後の事に付いて説明があった。
『外的な怪我は完治しています。今後 リハビリを続けながら 義足を使用するという形を私は考えています。今の義足は 数段の進歩をしていますから 優香さんの気持ちが落ち着き前向きになった時点で そちらの方向に持って行きます。
唯 今の心の状態では 拒絶反応を起す事もありえますので 時間を掛けていきまょう。
一応 心療内科の紹介状は書いておきましたが 兎に角 焦らず ご家族も優香さんも まず 今まで通りの生活をするという事から始めて下さい。』
『今まで通りですね・・・』
父は言葉を噛み締めるようにそう呟き 私達はお礼を言って部屋を出た。



優香の病室の前で 父と私は見つめ合い ドアをノックしたが 答えは
・・・・いつもの様に無かった。
『優香 迎えに来たよ。』
明るく そう 父が声を掛けながら ドアを開けた瞬間
退院の用意も何もせず いつもの様にベットから起き上がり ボンヤリ窓を
見つめている優香の姿が目に飛び込んできた。



         
           『風を感じて』 短編小説 (3) 『退院』
by deracine_anjo | 2004-12-25 14:37 | 『風を感じて』 短編小説