『名も無き 雑草。・・そして 此処に おります♪』 


by deracine_anjo
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『shutter』 短編小説 (8) 『政略結婚』


女々しいな 俺も・・・空耳まで聴こえるなんて・・・・




『おじさん!聴こえないの?』・・・・空耳じゃない。
振り向いた其処には リョウが立っていた。言葉を探していると リョウは真っ直ぐ前を向いたまま 口も動かさず囁く様な声で 
『赤の他人の振りして!』と言うなり 今度は周りに聴こえる様に 
『まぁ 私専用って書いてある訳でもないから 今日は 我慢してあげる。但し 離れてね。』
何が何だか分からない僕は 言われるままに ベンチの端に座りなおして 暫く黙ったまま煙草を吸い続けていた。
リョウは ポットから出したコーヒーを飲む振りをしながら 微かな声で前を見つめたまま 
『あの向こうの木陰にいる男が あたしのお目付け役。社長のツルの一声で 日曜出勤が社長のお嬢さんの尾行なんて あの人もいい迷惑だよね。』
(社長のお嬢さん?お目付け役?尾行?・・・僕の頭の中は 鈍いながらもフル回転しながらも 少しだけ分かってきた様な気がした。)
足を組み返る振りをして ワザと横を向き 煙草をふかす振りをしながら口元を隠し
『籠の鳥状態だったのか?あの日以来。』
『そう・・・だから 毎週 ここに来てた。なのに 何で 陽は今日まで 来なかったの!!』




『こんな不自然な形で まともに話しなんて出来ないよ。何とか撒けないのか?』
暫く考えた末 リョウは
『今夜 ○○ホテルで友人の誕生日祝いがあるから 其処に来て。但し 少しキメテ来てね。
あいつに気付かれない様に。時間は 6時から。友達の名前は 山野美代子。じゃあ。』
そう告げると パンパン・・・とパンツのお尻を叩いて サッサと去っていった。
その後を あの男も 付いて消えた。
暫く僕は 今の出来事が 現実なのか夢を見ていたのか・・・・ボンヤリとリョウの去った跡を見つめていた。
今時 そんな馬鹿げた事があるのか?
あの訳の分からないリョウが どこかの社長の娘?
考えれば考えるほど 突拍子も無い話だ。アイツは 山から下りてきた狸か?




ふと・・・時計に目を遣ると 6時までそれ程時間は無い。
金持ちの誕生パーティーなんて 出た事なんてこの30年間生きてきて一度もない僕に どうしろって言うんだ。テレビで見た位だ!
あっ!!キメテ来いって言ってたな。どうすれば・・・・。
そうだ・・・出版披露パーティーなんかで利用する貸し衣装屋に行けば何とかなるだろう。
何でこうなるんだ・・・・と想いながら 久し振りに逢ったリョウの瞳を想いだした途端 僕は駆け出していた。
あいつ 少し痩せたみたいだったな。
一段と 哀しみの色が深くなった様な瞳・・・・胸を締め付けられるようだった。




何とか (孫にも衣装)・・・小道具ひと揃え借りて ホテルに着いたのは 丁度6時だった。
フロントで会場を聞き 部屋の前に辿り着いた瞬間 正直 踵を返して逃げ帰りたくなった。
入り口で名前を書いた途端 受け付け係の女性が ニッコリ微笑み 小さな声で
『リョウはテラスにいますわ。腰ぎんちゃくは 入って来れませんから 御安心下さい。』
チラリと横目で見た視線の先には 確かに 昼間見た男が所在無げに ボンヤリ椅子に座っていた。
『ありがとうございます。』目で お礼を伝え中に入った。
部屋の中は 別世界だった。
中心にいるのが 今日の主役だろう。男も女も 何処かの御曹司とご令嬢な訳だ。
場違いな所に来てしまったが 今は そんな事はどうでもいい。
リョウを探さなくては・・・テラスに居ると言っていたな。
人いきれでむせ返る様な空間から テラスに出た途端 別世界の様な気がした。




其処には 紛れも無く 着飾ってはいたが 僕が知っている
リョウが 待っていた。



零れんばかりの微笑を 僕にプレゼントしてくれながら・・・・。

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            『shutter』 短編小説 (8) 『政略結婚』
by deracine_anjo | 2004-10-18 15:59 | 『shutter』 短編小説