『名も無き 雑草。・・そして 此処に おります♪』 


by deracine_anjo
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『微睡みの中で』 短編小説 最終章

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朱美は 新幹線ホームで私達の姿を見つけた途端 まるで 子供の頃に
戻った様に 溢れる涙を拭おうともせず 駆け出してきた。
事前にある程度の事は 話しておいたにも拘らず・・・まして 一人前の
心療内科医が ただの 幼い妹に戻って仕舞った様だ。
私を抱きしめ 嗚咽を殺しながら首筋に感じる 朱美の涙が暖かかった。
そんな私達を 怪訝そうに見つめる人達の目から さりげなく二人の男性が 旧知の友人の様に 優しく守ってくれていた。
『朱美・・・・そんなに 泣かないで。お姉ちゃん 今 とても幸せだから。』
それでも 泣きじゃくる朱美の肩に そっと孝則さんが大きな手をあて
『朱美。君がそんな事でどうするんだ。しっかり お義姉さんを支えなければ いけない筈だよ。
お二人とも お疲れだから 早く 我が家に 来て頂こう。』
私を見つめ 小さく頷いた義弟の優しさ・・・そして朱美に対する愛情は 
昔と少しも変わっていない。
私は ニッコリと微笑み 藤堂を振り返った。
其処には やはり 私を包み込む穏やかな瞳があった。




概に 孝則さんのお父様は他界されてはいたが お義母様はお元気で 
とても 私達を歓迎してくれた。もう 御高齢の方なのだから 私の事は
言ってはいけないと 堅く朱美には言い渡しておいたので 結婚の報告に
来たと思われて それはたいそうな歓迎をして下さった。
朱美の幸せそうな家庭を 見ることが出来て 私は もう充分だった。
学校から戻ってきた子供達も 利発で聡明そうな子供達・・・。
私は お義母様にも 孝則さんにも 心の中で 感謝した。
その想いが 伝わったかな様に 孝則さんの私を見詰める瞳が
(朱美さんの事は 僕が絶対に守ります。お義姉さんも 藤堂さんとしっかり幸せになって下さい。)
そう・・・・伝えている様だった。
後日 その話を 藤堂とした時に 藤堂も同じ様に感じたと 私に言っていた。
男性二人は お酒を酌み交わし 仕事の事や他愛の無い世間話を真夜中まで語り尽きないといった感じで過ごしているので 私達は 早々に 二人っきりになった。




あらましの私の状態を 聞く明美は 少し落ち着きを取り戻し 時として医者としての知識や意見も語り 私も 姉ではなく 一人の人間として 大きく成長した妹を誇らしく思いながら朱美の言葉を 一つ一つ残らず 覚えておこうと思った。
朱美からの『プレゼント』・・・だと 思った。
私は 本当に 幸せだった・・・・。
翌日は 私が疲れない程度の 市内観光を 病院は臨時休業させ 子供達も学校を休ませ お義母様も・・・・と 皆で過ごした。
京都なんて 何年振りだろう・・・。
丁度 紅葉の季節だったので 観光客で京都の街は 活気に溢れていた。
時折 孝則さんと朱美が 私の状態を さりげなく診てくれていたが 
私自身は病気の事など忘れてしまった様に このひと時を 全て 心に刻んでおこうと楽しんだ。
一緒にいる藤堂も 嬉しそうにいつも 微笑んで私の側に 居てくれた。




二泊3日の朱美達との時間も 後 もう10分足らずで新幹線がホームに入ってくるという瞬間に 又しても朱美の顔が ゆがんだ。
しかし その時 肩を抱きしめていた孝則さんの手が 軽くだが 朱美を勇気付けた。
真っ直ぐに私を見つめ そして 微笑んだ。
私も 孝則さんに心の中で 『ありがとう。朱美を宜しく御願いします。』と語り 朱美に微笑み返した。




京都から戻った後も 私の体調は安定しており 静かな時間が流れていた。
藤堂は勿論だが 朱美も毎日の様に電話を よこして来る。
その度に
『急に何も変わらないから 安心して。』電話口で 私は 同じ言葉を微笑みながら繰り返していた。
無理に安心させようと思って言っている訳ではなく 自分でも穏やかな時間が このまま続く様な気がしていた。




年が明けても それ程大きな変化も無く もう直ぐ 桜の季節が遣ってくる頃・・・・
少しづつ 私の体力が 衰えはじめてきていた。
藤堂と相談して 気分のいい暖かな日に 葉山の方に行こうと話し合い 
体調の良い時には 少しづつ 身辺整理を始めた。
藤堂と結婚してから 毎日 藤堂と朱美に宛てて 日記を書き続けていた。
沢山の愛情と安らぎを与えてくれた藤堂へ。
そして 私の大切な妹・・・へ。
伝えきれない言葉を 少しづつ 書き溜めて行った・・・・。




暖かな午後・・・・
机に向かって やはり 藤堂に宛てて日記を書いているうちに 
私は 穏やかな光に包まれていた・・・・。




微睡みの中で・・・・・私は 微笑んでいた・・・・・。



            『微睡み(まどろみ)の中で』  短編小説 最終章
by deracine_anjo | 2004-10-05 20:27 | 『微睡みの中で』  短編小説