『名も無き 雑草。・・そして 此処に おります♪』 


by deracine_anjo
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カテゴリ:☆深紅の薔薇とおわら風の盆☆( 36 )

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                    女々しいかな。。。。



                    女々しいよね。。。。



                    7年経っても



                    卒業出来ないなんて。。。。









                    早く  過ぎればいいのに









                    街  も  新聞広告も











                        弱いな。。。。
by deracine_anjo | 2006-05-11 23:02 | ☆深紅の薔薇とおわら風の盆☆
 

 桜の季節が終わりを告げ 世間で 『ごーるでん・うぃーく』  と言う言の葉が

 巷で 流れ始める頃 母の人生を 今一度 考え始める時期が来る。

 1つには 母の誕生日が 5月だという事だからだ。。。

   
 
 
 今から考えても 母は

 anjo の 年齢には  『自分の最期』 を 頭の中で 少しづつ

 組み立てていた様に想う。

 生まれ育った町を捨て 神戸で10年余り暮らし anjo の 生活圏内の近くに

 居住地を換え 3年目で発病した。




 そして 本当の 『終の棲家』 は ホスピスでもなく 新しい住居でもなく

 娘が住んでいた 古い社宅で 本当に 誰にも知られること無く

 静かに この世を去った。。。



 勿論 『死装束』 では無く 真新しいパジャマとお気に入りの羽織を掛けた。




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 これが 全て 母が組み立てていた すとーりーなのか

 今と成っては 聴くすべも無いが

 明日は 父と二人 ランチをホテルで 過ごす予定だが

 『お猪口』 を もうひとつ 追加して頂こう。。。。





 『母の誕生日』 と 『母の日』 を 少し早めに 祝おう。。。。






                 *残念ながら パートナーは 仕事にて 出席できない*
by deracine_anjo | 2006-04-29 03:21 | ☆深紅の薔薇とおわら風の盆☆

  最近 夢で 目覚める。

  もう この世には 存在しない 母や祖父母。。。

  いつも 微笑んではくれるけれど 身なりは粗末で その事が苦しくて 

  目覚める。

  氷の解けたウィスキーを 喉に流し込んで 一息つく。

  今のanjoに 何かを伝えに 来てくれているのか

  『もう いいよ』 と 迎えに来ているのか。。。。


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  これからは 1年に一度 『遺言』 を 書くのもいいかもしれない。




  生きている事に 感謝 出来る。。。。そんな気がする。



         


            『☆深紅の薔薇とおわら風の盆☆   遺言』
by deracine_anjo | 2006-04-13 23:43 | ☆深紅の薔薇とおわら風の盆☆

 昨日は 5年目に入る癌の定期検査で 一日 朝から 病院に振り回された。

 目覚めと共に 5分間のデートの為 髪を洗い 月末の渋滞に 巻き込まれ

 何とか 予約15分前に到着。

 午前中に 『超音波検査』 午後一で 診療。

 7年通いつめた病院近くの桜も 観れば 胸が痛む。

 誰一人 この桜を観る季節には 形だけは 縁が無かったのだから。。。

 寝台に横になり いつもの様に 首にゼリーを塗り 少しづつ カメラを

 移動させていく。

 『何処か 気に成る場所は ありますか?』

 穏やかに検査技師の女性が 尋ねる。

 『数年前から 右側部と鎖骨に 腫れ物があります。』

 何度も 何度も 機械を左右上下に動かし 写真を撮る。

 次は 切り取った 甲状腺部分 左側部。

 数枚のシャッターが 切られる。

 検査は 15分足らずで終わり 外来に回されるが 診察は午後1時。

 まだ 病院に到着して30分も立たない訳で 手持ち無沙汰と成る私は

 仕方なく 病院を一旦出て 早めのランチを取る為 これも 何十回と

 遣って来たビルへと足を向ける。

 昼時の買い物客で賑わっている雑踏をすり抜け エレベーターに向かいながら

 微かな予感がした。

 7年間の本能だろう。。。



 診察室に入る。

 漸く 顔見知りに成り始めた まだ 若いドクター。

 『幾つか リンパにシコリが ありますね。まだ 小豆大位の大きさですけど。

 今の大きさでは 手術をしても 取り残す事がありえます。

 暫く このまま 様子を観る事にしますので。』

 予想より 内部に シコリが 有った様だ。

 全回 手術をした時に もう リンパに転移していた。

 再発なのか。。。聴きそびれたまま 仕方なく 次回の予約を取って 礼を告げ

 診察室を出た。



 自分の悲鳴で 目覚めた。

 昨日の疲れから 昼寝をしていたのだが 自分の声に 驚き 目覚めたのだ。

 夢は 悲惨な物だった。

 眠る前に 自分の身体中のリンパに 悪性腫瘍がはびこる様なツマラナイ事を 

 考えた所為だろう。

 場所は anjo が 初めて 自分の部屋を与えられた古い木造平屋建ての家。

 其処には 母の祖父母と母が居た。

 薄汚れた衣類に 埃だらけの家。。。荒れ果てたあばら家だ。

 それでも 帰省した娘を 満面の笑みで迎えてくれている。

 慌てて 私は 外に出た!!

 我が家の下は その近辺では お金持ちと言われていた。

 見下ろす広大な土地は 荒れ果て 木も草も 全て枯れ果てていた。

 池に居た何十匹という鯉は 当に 鳥や猫の餌に成り 観る事も出来ない惨状。

 階段を駆け下り 幹線道路に出て 私は 何故か

 『裸足のゲン』(読んだ事はないのだが)を 想像した。

 知らない 戦中戦後の風景が モノクロームの映像の様に 目の前には

 広がっていた。

 夢だと言う事は 理解していた。。。

 東京は 晴れやかに着飾り ブランド品に群がり 花見に酔う人々が

 溢れている所から 友人を 2人 連れて来たのだから。。。

 そして 一口 水を飲み 母に想いを馳せた。。。






 母は 何度 こうして 夢に 起こされてきたのだろうか。。。。と。


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            『☆深紅の薔薇とおわら風の盆  母と娘』

 
by deracine_anjo | 2006-03-31 22:12 | ☆深紅の薔薇とおわら風の盆☆
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  7年という歳月の中で 多くのものを 失った。。。

  愛猫のみゃあは 14歳と10ヶ月で 老衰だった。

  元々 手の掛からない子だったが 母の発病で バタバタと過ごす時間の中

  静かに 息を引き取った。

  今でも あの日の事を 覚えている。。。

  朝方まで付き添っていたanjoは 泣きながら

  『もう 頑張らなくてもいいよ。ありがとう。』 そう呟いて ベットに入った。

  そして パートナーが 起きた時には 眠る様に 息を引き取っていた。

  1時間と差は無かった。

  
  母を肺癌で 失った。。。

  父は 1年後に 健在であるが 胃癌を発病し 胃の3/2を 失った。。。

  anjoも又 その1年後に 甲状腺を 癌で 失った。。。

  相棒だった シェパードのフランコを 14歳3ヶ月で 失った。。。 


  生活の基盤が 崩れた。。。

  20年来の友人を 失った。。。

  大切な方に 気付かぬ内に 失礼をしてしまったかもしれない。。。


  当然 若さも失われた。。。

  美貌は元より無いが 体調の悪さが 此処に来て

  ココロの弱さまでも露見してしまう。。。

  小さな籠の中に閉じ篭もっていれば 外敵から これ以上 奪われる事は

  無い筈だ。。。と 想うように ココロを 閉ざしてしまう。。。


  こんな生き方を 7年前の母が anjoに 望んだ訳ではないのに。。。



  今少し 休んだなら 歩き出そう。。。

  あの日 独り

  『富山県八尾市のおわら風の盆』 に 逢いに行った anjoに。。。







 
by deracine_anjo | 2006-02-28 08:42 | ☆深紅の薔薇とおわら風の盆☆

『2月16日  7年』

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  霧雨が 静かに降っていた。。。

  『密葬で・・・』 と言う 母の遺言に従い 静かな出棺だった。

  参列者は 父、パートナー、私 と 愛犬のフランコ。

  当時 愛犬の為に乗っていた グリーンのエステートの○○○。

  奇しくも 黒塗りの同車種との らんでぶーで 火葬場迄 向かう事になった。


  亡くなった夜 親族や友人知人に 初めて連絡をした。

  皆一同に 私が 何を言っているのか 理解できない状態だった。

  それでも その日の内に 駆けつけてくれた友人も居た。

  自宅の前で 抱きしめて貰った。

  今でも あのぬくもりは 忘れはしない。。。


  豪華な祭壇等は 必要無いが 兎に角出来るだけ 沢山の洋花で 

  母を送りたいというこちら側の要望に 6畳一間の部屋は むせ返るほどの花で

  溢れた。。。


  明日も又 雨に成ると言う。。。

  火葬が終わって 小さな箱の中に納まって仕舞った母を 連れ帰る頃には

  雨は 上がっていたのを 覚えている。。。

  初めて 葬儀に出たのは まだ 小学生低学年だった。

  父の母親だった。

  まだ 自宅に電話が無く お隣のお宅に 父が病院から電話を掛けてきて

  訃報を知らせた。

  その数年後には やはり 父の父親が 亡くなった。

  子供の頃に 早くして 人との別れを 体験してきた娘が

  やはり 『享年67歳』 という 年齢の母を 看取った訳だ。

  皆すべて 手遅れの癌だった。。。


  初七日を過ぎた時点で 母に託された姉弟や友人に向けての手紙を

  拙い言の葉を添えて 投函した。。。。

  数年後に 『散骨』 を終えた事で 私が 母に託された1つの出来事は

  幕を閉じた。





  今の娘を 嘆いている事だろうが それでも 見捨てる事も出来ず

  傍らで 守っていてくれていると 信じる娘である。。。

  

                      『亡き母への手紙   anjo 』
by deracine_anjo | 2006-02-15 13:44 | ☆深紅の薔薇とおわら風の盆☆

『えぴろーぐ』 

 
 拙い言の葉で 

 『☆深紅の薔薇とおわら風の盆☆』 を 書き上げられた事を

 今は 本当に 皆様に 感謝したいと想っております。

 『28回』 という 中途半端な回で 終わらせましたのは

 発病を知らされてから 1年と2ヶ月 でしたが 本当の意味で

 濃密な時間を 過ごしたのは 丁度 4週間だった様な気がして

 この様な形で 終わらせました。


 母は 娘と違って 『石橋を叩いて渡る』 その様な真面目な生き方を

 してきました。

 けれど 俳句を愛し 言の葉を愛し 三味線や踊りを愛し 夢を諦めざる

 終えない環境で幼少を過ごしました。

 『学校の先生に成りたかった』

 それが 母の夢でした。

 しかし 学のない職人の父親に 『女に学問はいらない!』と 言われ

 諦めざる終えず その夢を 唯一の子供に託しましたが 残念ながら

 子供は そのプレッシャーに 押し潰されました。


 ホスピスで お風呂の介助をしている時に 初めて 母に 娘は 謝られました。

 『あんたの力量を見定められずに 無理強いを押し付けて ごめんね。

 でも ○○ちゃんを 生んでて良かった。ありがとう・・。』

 そう 告げられました。

 湯気で濡れた様に 誤魔化しながら 涙を隠した事を 今でも 忘れる事は

 出来ないでしょう。

 母は 『献体』 の 申請書も取り寄せておりましたが それだけは 断りました。

 その代わり 後の事は 全て 母が願う様に 誰にも告げる事無く 最期まで

 隠し通し 3年前 父が もう そろそろ 体力に自信が無いと言うので

 『散骨』 も とある場所で 致しました。


 娘の様な 派手な人では有りませんでしたが 『深紅の薔薇』=『紅』 が

 実は 一番好きな色であったのを 聞いた娘は 『死化粧』に 初めて

 紅いルージュを 引いてやりました。



 

 この 16日で 7年と言う月日が流れます。

 けれど 今もって 『片羽根を失った喪失感』 から 脱する事は 難しゅう

 ございます。

 故に この場を借りて 少しだけ 母と娘の 生き様を 語らせて 頂きました。





 本当に ありがとうございました。




                              by  anjo
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by deracine_anjo | 2006-02-08 12:19 | ☆深紅の薔薇とおわら風の盆☆


 娘が自分の母親を褒める等 片腹痛いが 正直 『お見事』 だと言わずには 

 いれない程の 幕引きだったと想う。



 母を連れて帰る前の夜 私は眠る事が出来ず 薄暗い一階のロビーで 

 ボンヤリと 煙草を吸っていた。

 すると 静かに エレベーターが稼動する音が聞こえた。

 こんな真夜中に・・・一瞬にして 『何方かが 亡くなられたんだ』 そう想った。

 それが この場所なんだ!!

 まんじりともしないまま 朝を迎えた私は 眠りから醒めた母を手伝い 帰宅の

 準備を始め 父とパートナーが到着するのを 待っていた。

 初めて 『座薬のモルヒネ』 が 渡された。

 母は極めて 穏やかに帰宅の時間を 待っていた。

 心配そうに見守るドクターや 看護婦さん達に にこやかに微笑み 最期の

 別れを告げた。

 道中 『車に酔った』 と言って 2回程 休みはしたものの 社宅に着いた瞬間

 最期の力を振り絞り 20歩余りの距離を 自分の足で 歩いて 家に入った。

 そして・・・そのまま 昏睡状態に 陥った。



 直ぐに 往診を御願いしていた先生に連絡し 待っている間の長かった時間。

 それは 母が息を引き取った時も 同じだった。

 いや それ以上だったかもしれない・・・・。

 『神のお導き』 が有ったのだとしたら このドクターとの巡り会いだったのだろう。

 ハローページで 片っ端から 往診を頼め 尚且つ 緩和治療・・・延命治療を

 しないと言う事を 理解してくれる先生を探す・・・途方もない事に思えた。

 しかし 『あ』行で お電話をした病院で そのドクターが 理解をして下さり 

 まして 『ホスピス』 は 御存知なかったが その○○病院の出身だったなど

 余りにも出来過ぎた 偶然だった。

 無理をして往診に来てくださったドクターは 意識の混濁している母を診察し

 『脱水症状を起こしているので ブドウ糖だけ 点滴します。いいですね。』

 『はい。御願いします。』

 理解しているのか 否か 母は そう答え 又 眠りに入っていった。



 それから 4週間・・・母は 私の家で 過ごした。

 日増しに モルヒネの副作用で 意識が混濁し 命綱である酸素を剥ぎ取ったり

 『早く 死なせて!!』 と 涙を溜め 訴える日があったかと思えば 穏やかに

 ベット脇に坐り オママゴトの様な食事とお酒を 一口 口にする事もあった。

 やはり 2月に静かな雪が降った日があった・・・・。

 起き上がる事は出来なかったけれど その雪を いつまでも 見つめていた。

 父が早くに眠り 私が 真夜中まで付き添い 父が起きてきた時点で 交代する

 そんな日々だった。

 出来るだけ 体位を換えていたにも拘らず 腰に500円玉大の寝だこを 作って

 仕舞った。薬を付け替える度に

 『ごめんね。痛いでしょ・・・・。』 と 呟く娘に

 『もう こんな痛みは 何も 感じないから 気にしなくていいよ。』 と 告げる母。

 朦朧とした意識の中 酸素吸入を外そうとする母の腕を 思い切り押さえ付けて

 『これが無いと 死んじゃうんだから!!』 大声で 怒鳴った事もあった。

 もう 死への階段を 確実に 登り始めた母親を・・・『もう 疲れた。』と 告げる

 母親を 此処に来て ジタバタと 死神を追い払おうとする私。



 けれど その瞬間は あっけなく 訪れた。

 リビングで ボンヤリと煙草を吸っていた私の元に 父も煙草を吸いにやってきた。

 『母さんは?』

 『ああ 薬が効いているのか 眠ってる。』

 煙草を吸い終えた父が部屋に戻った途端 叫び声が上がった。

 『母さんが息をしていない!!』

 延命行為をしないと決めていたにも拘らず 私はドクターに電話を掛け

 『息をしていません。私に 何か出来る事は 有りませんか?』

 そう・・・・叫んでいた。

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             『☆深紅の薔薇とおわら風の盆☆』  完
by deracine_anjo | 2006-02-07 11:08 | ☆深紅の薔薇とおわら風の盆☆


 『ホスピス』 での 日々も 母の体力と気力を次第に奪っていったが それでも
 
 静かで 穏やかなものだった。

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              規制は 殆んど無い。
              母も可愛がっていた
              先代のフランコも 
              一緒に母を見舞った。
              父と私の役割も
              何一つ変わらず
              唯。。。
              一つ 変わっていった
              のは 私が帰るのを
              少しづつ 嫌がる様に
  成っていった事だった・・・・。

  母の夕食に付き合いながら 共に 晩酌を楽しむ。

  食も細くなっていたが 他愛の無い話をしながらの時間が 私の帰宅と共に 

  終わるのを 嫌がり始めていたのだ。

  一本 一本と 帰宅の電車を遅らせる事に成った。

  パートナーには その分 迷惑を掛ける事になったが もう 残り時間のない

  母を最優先する事が 私達にとっては 選びようの無い現実だった。



  まだ 『モルヒネ』 を 使用する事無く 何とか お正月を迎えた。

  大晦日から 父が泊まり 元旦を迎えた。

  屋上で 初日の出を観たそうだ。

  朝食には 小さな器に 心の篭った お節料理とお雑煮も出され

  『ホスピス』 に居る人達に 暖かいもてなしがあった。

  けれど 現実には 見舞う度に 部屋が開け放たれ 整理された病室が

  増えてゆく・・・・。

  ある時 私の中で 小さな予感が 芽生えた。



  ボランティアの中に 母と とても話しが通じる方がいらっしゃった。

  その方も 富山県 八尾市の 『おわら風の盆』 を ご覧に成ったそうで

  母の事を 何くれと無く 気遣ってくれていた。

  本当に ありがたかった。

  けれど 心の中に 元来 社交的で 人様に 出来る限り迷惑を 掛けたくない

  母の意地が 身体の弱りと共に 想う様に成らなくなってきた時点で 腹を括る

  時が来た気がした。

  

  それは ある日 突然 遣ってきた。。。

  睡眠薬で朦朧としたまま トイレに行こうとして 粗相をしてしまったのだ。

  母は シーツを剥がし ベットパットも剥がし 自分で 洗おうとしていた所を

  当直の看護婦さんに気が付かれ 本人としては とても傷付いていた。

  我が家では パートナーにそれとなく 母を引き取る話しをしていた矢先だった。

  いつもの様に 新しい花と母の好きな刺身を買って 病室に出向くと 心なしか

  元気がない。

  詳細を聞いた後・・・静かに 母に語りかけた。

  『これから どうしたい?我が儘 言っていいよ。』

  暫くの沈黙の後 母は

  『此処で 死にたく無い。此処の人は とてもいい方達ばかり。

  だから 最期を見せたくない!!』 

  『そう・・・分かった。で・・・家に帰る?うちに来る?』

  『あんたの所に 行きたい。』

  『分かった。先生と話して 出来るだけ早く うちに来れる様に 手配するから。』



  当時 私は 一軒家だが 社宅に住んでいた。

  誰にも知られず 母を向かい入れる為に ケアセンターを訪ね ベットを搬入し

  そして 何よりも 往診してくれるドクターを探す・・・・それも 

  『延命治療ではなく 緩和治療を 考えて下さるドクター』 を 見つける。

  追い詰められていた。
  
  誰一人 相談する事も出来ず 何とか 用意が整ったのは 

  1月も末に成っていたが 奇跡の様な巡り会わせで 母を迎える事が出来た。

  前日 泊まっていると 担当医のドクターから

  『脳に転移があるかもしれませんし 肺炎も起こしかけています。

  最悪の場合 帰路の途中で・・・それでも 連れて帰りますか?』 と 

  尋ねられたが 私は もう その事も 母に正直に話し 連れて帰る事を

  決めていた。

  何かあっても 互いに 悔いはない!!



  その一念は 皆 同じだった。

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by deracine_anjo | 2006-02-03 13:55 | ☆深紅の薔薇とおわら風の盆☆

 時間は 残酷に そして 確実に 過ぎて行った。。。

 季節は クリスマス・シーズンを 迎え 街は 華やいでいた。



 私達家族にとって もう それは 無縁の様ではあったが それでも 何とか 

 少しでも 今迄と変わらぬ時間を過ごそうと 私は 街に出て プレゼントを探した。

 母は 確実に 体力が衰え始めていた。

 今迄 使っていた 『箸』 ですら重いと言って 割り箸を使うように成った。

 衣類も 肌に触れる物も 出来るだけ 柔らかい物を 欲しがった。

 入院準備で買い揃えた ガウンも 『重い』 と言って 一度も袖を通さぬまま

 ロッカーに仕舞われた。

 私は 婦人服売り場で 年配の女性を見つけ 相談を持ち掛けた。

 『出来るだけ 肌触りが良くて 軽いカーディガンを 探しているのですが。。。』

 一瞬 何を言っているのか 不思議そうな顔の店員さん。

 『母にプレゼントなんですが 余り 身体が丈夫じゃなくて ズッシリトしたモノは

 嫌うものですから。。。』

 納得できたのか。。。まだ 少し戸惑いながらも その女性は 私を ショーケース

 に先導し 数点の品物を 並べた。

 『失礼ですが 年齢は お幾つくらいですか?』

 『67歳です。』

 『では 少し お値段は お高くなりますが 此方など 如何でしょう。

 肌触りも 軽さもあって 暖かいですよ。』

 『明るめのお色は ありますか?』

 『では 此方などが いいですね。』

 (暖かい等 もう 必要など無い!!少しでも 晴れやかな物が欲しいだけ!!)

 私は 某有名メーカーのパジャマも 購入した。

 母にとって パジャマが もう 洋服なのだ!!

 

 父や パートナー 友人にも プレゼントを買って デパートを後にする私は

 人波に押され 立ち止まった。

 泣いてはいなかった。

 泣けなかった!!

 ただ。。。孤独だった。

 音の無い世界に 色の無い世界に 放り込まれた感覚が 容赦なく 

 私を包み込んでいた。

 両の手に抱えたプレゼントを この場で 投げ捨て しゃがみこんで 

 大声で 泣きたい気がした。。。



 けれど 奥歯を噛み締め 血が滲むほど 唇を噛み締め。。。。

 暫く 人に押される儘に ぶつかられる儘に この身を 放置した。

 そうする事で 私は まだ 『負ける訳には いかない!!』

 祈る様な 願う様な。。。そして 戦う気持ちを 奮い起こす為に。。。!!

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by deracine_anjo | 2006-01-31 10:12 | ☆深紅の薔薇とおわら風の盆☆