『名も無き 雑草。・・そして 此処に おります♪』 


by deracine_anjo
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カテゴリ:『鏡の中の女』 小説( 30 )


優子は東郷と 縁側で静かな時間を過ごしていた。
相変わらず手入れの行き届いた庭には 鳥達のさえずりが聞こえ 爽やかな風を運んでくれていた。
一時期に比べ 東郷の家を訪れるお客人の数がめっきりと減り 東郷は優子とこうして 穏やかな時間を過ごす事が多くなってきていた。
優子は 意を決した様に 東郷に 心のうちを話そうと決めた。
『東郷様 少し お話をしても 構いませんでしょうか?』
『ああ・・・構わんよ。』
『では・・・どうしても お聞きしたかった事を・・・・。
何故?私の様な者を 此処まで 可愛がって下さるのですか?
どうしても やはり 合点が参りません。
出来れば その訳を お聞かせ願いませんでしょうか。。。』
『そうだな・・・いつかは 話しておかなければ 成らん事じゃな。
正直 私は お前さんの事など 何も 知らなかったのが 本当の所だ。
けれど 運命と言うものが あるのならば 林田さんに 感謝するんだな。』
『それは どう言う事でしょう・・・』
『あの日の事件を 偶々 知ったのが 林田さんだ。
林田さんは 当時 妻が滞在していたサナトリウムの看護婦をしておった。まだ 志を持った若い娘さんだった。妻の担当になって それは 良くして貰った。小康状態になった時点で 自宅に戻るのを期に 無理を行って 妻の世話を 頼んだ。
悩んだ末に 此処に来て 妻の為に 栄養学も勉強し 妻の唯一の友人にも成ってくれた。
妻亡き後も 結婚もせず 私の為に 使えてくれた林田さんが 偶々 あの事件を見て 始めて私にものを 頼んだんだ。
妻に良く似た女性が 放火によって殺され 一人娘さんが 遺された。
何とか 力に成ってやってはくれまいかと・・・・。』
一気に語った事に 疲れたのか 東郷は 一瞬 大きな深呼吸をした。
『お疲れなら 又の機会に 続きを お聞かせ下さいませ。』
『いや・・・案ずる事はない。大丈夫だ。
始めは 私は幾ら 林田さんの頼みとはいえ 鼻にも掛けなかった。
けれど 彼女は 諦めずに私を説得したんじゃ。
そして 調べる事にしたのが 始まりだ。
様子を暫く見ている間に 私も 面白くなった。お前さんには 悪いが。。。
そして お前さんに直接会って お前さんの戦いを見てみたくなった。
少しは 納得できたかな?』
『奥様と林田さんのお陰だったのですね。。。』
東郷の言葉を聞かされた優子は それ以上 言葉に成らずにいた。
『悪いが 優子。薬を 取ってきてくれないか。』
『お苦しいのですか・・・直ぐに!!』



林田さんと共に 急いで薬を持って行った時 東郷は・・・・穏やかに眠っていた。
二度と目覚める事のない 遠い旅路へと 旅立っていた。
東郷高徳 享年 73歳 波乱の生涯の幕は 静かに降りた・・・。



東郷は自分の死期まで知っていたというのだろうか・・・。
深田興業社長は 求刑通り 『極刑』が 言い渡されていた。
札幌のあの男には 情状酌量の余地が認められ 減刑も認められた。
そして 全てを見届けた様に 東郷は 『孤高の虎』の如く 優子にすら 最期を見せずに 世を去った。
そして 全ての準備は 杉浦弁護士に託してあった。
お客人が減っていたのも もう 影の世界から 離れていたのだった。
財産は 遺言状により 2分の1を優子に・・・後の残りの2分の1を林田さんに・・・。
そして 後の残りを世話をしていた女性にと 割り当てていた。
『上坂自動車整備工場』の権利は 当に 優子に書き換えられていた。
そして 葬儀は 密葬のまま 静かに執り行われた。
林田さんと共に優子は 火葬場から戻る間 言葉は何も交わさなかったが お互いに 心の中で 静かに会話をしていた。



四十九日が過ぎた時 優子は以前 門をくぐった 病院を訪れ 再手術を受けていた。
ドクターは依頼を聞いて 驚いてはいたが 優子の気持ちは 揺ぎ無いほどに もう決まっていた。
そして ドクターも呆れながらも 結局 優子の依頼を受けて 手術をした。
そして 数週間後 東郷の家で 鏡を見た優子は 林田さんと共に 微笑んだ。




『鏡の中の女』 は 東郷の亡き妻と 優子の母に似た 昔の優子の顔に戻り 穏やかに 微笑んでいたのだった。 

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                      完




★。。。。。。。。。☆。。。。。。。。。★。。。。。。。。。☆。。。。。。。。。。★

   <あとがき>

 今回 2回目の長編に 挑戦してみましたが

 如何でしたでしょうか・・・・。

 相変わらず 拙いものでしたが 長い間 お付き合い頂き

 ありがとうございました。

 
                           deracine_anjo


 
by deracine_anjo | 2005-05-19 01:53 | 『鏡の中の女』 小説

杉浦弁護士から 静かに声を掛けられ 気が付くと法廷内には もう 誰も残っては居なかった。
『ごめんなさい。私 ボンヤリしてしてしまって・・・』
『いいえ・・・それは 構いませんが この様な時にとは思いますが 手続き上の事も有りますので 率直に お聞き致します。
異議申し立てを致しますか?』
『其れは 極刑を望むかと言う事ですね。』
『はい。ハッキリ申せば そうなります。』
静かに優子は 微笑み 一つ一つの言葉を 自分の心に問いかける様にして 杉浦弁護士に答えた。
『正直 それを 望んだ事・・・いえ この手で・・・等と 思った事が無いとは 申しません。
裁判が始まってからも 心が 痛みを増すばかりで 彼らを許す事など 出来ないと 眠れぬ夜を いく夜も過ごしました。
そんな私を 東郷様や東郷様の亡き奥様 父の遺志を引き継いで頑張って下さる方々 東郷様のお屋敷にいらっしゃる方々・・・そして 杉浦さん・・・皆さんのお陰で 私は 最後の最後に 本当の『鬼』に 成らずにすみました。
憎しみからは 何も生まれません。自分が 醜くなるだけです。
心が 干からびて これから どれだけの時間が 私に残されているのか分かりませんが 私自身が 彼らを憎み続ける間 人も自分も 幸せには出来ないと 気付かせて頂きました。
違いますでしょうか?』
『いえ・・・法に携わる人間、弁護士の立場からではなく 唯の人間として 彼らを許して下さるお気持ち 嬉しく想っております。
まだ お心の傷が 判決が出たというだけで 癒される事は無いとは思いますが 出来る事ならば 差し出がましい言い方ですが これからは 上原さんの幸せの為に 生きて頂けたらと 思っております。』 
『はい。ありがとうございます。でも 今 充分に幸せでございますよ。』
『あっ!これは 失礼致しました。
では 東郷様に ご連絡致しますが 何かご伝言はございますか?』
『では・・・私は 墓前に参って報告をし それから 社の者達にも報告をしてから 戻るとお伝え下さい。』
『はい。では 今 お車を用意致しますので お待ち下さい。』



青山墓地に眠る両親の前で 1人 心を清める様に 真珠の様な涙が 頬を幾筋も零れるままに 語り続ける優子の姿があった。
『お父さん、お母さん。これでいいよね。二人の命を 私から奪ったあの人達の命を 奪う事も 出来るかもしれないけれど 優子は もう これで 終わりにしようと思う。許してくれるよね。』
一瞬 風が優子の頬を優しく撫でて 通り過ぎた。
それは 父のオイルまみれの香りと 母の石鹸の香りがした様な気がした。
『ありがとう。お父さん、お母さん。今 優子は幸せですから 安心して下さいね。』
今一度 手を合わせ 両親に抱かれている様な感覚を感じながら 優子は 墓前を後にした。
社でも もう 連絡は入っていた様だったが 優子のいでたちを見た瞬間 一番に金森さんが泣き出してしまい 優子は 困ってしまったが 静かに 語り始めた。
『金森社長を始め 皆様に 長い間 御心配や沢山の想いをさせてしまい 若輩者の私の不徳の致す所 これまで 本当に申し訳ありませんでした。
本日 『無期懲役』という 判決が出ました。
相手が最高裁まで 再審請求をしても これは 覆る事は無いでしょう。
そして 私には まだ 深田興業の事が残ってはおりますが 上坂の判決は受け入れる事に致します。
そして これから 申し上げる事を 私の両親の言葉だと思って聞いて頂きたいのです。
今 こうして 皆さんのお陰で 『上原自動車整備工場』は 昔以上の業績を上げ 周りからの信頼も厚く お客様からは 一度もクレームも頂いておりません。
全て 皆さんのお陰です。本当に ありがとうございました。
どうぞ これからも 宜しくお願い致します。
そして いつか 独立を考える時が来たら 正直に金森社長に相談して下さい。出来る限り バックアップさせて頂きます。ですから 其れまで しっかり 頑張って下さい。お願い致します。
私は 名ばかりですが 影ながら 応援させて頂きますので 頼りないでしょうが 私を信じて 安心してお仕事に励んで下さい。
今日まで 本当に ありがとうございました。
そして これからも 宜しく御願い致します。』
深々と頭を下げる優子の耳に 他の従業員の啜り泣きが 静かに優子を包んでいた。



東郷の家に戻った優子は 東郷に許しを得て まず最初に 東郷の妻に報告をした。
それは・・・・赤の他人とは思えない・・・まるで 娘の様な 後姿だった。

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              『鏡の中の女』 小説 (29)
by deracine_anjo | 2005-05-18 04:03 | 『鏡の中の女』 小説

優子は 久し振りに銀座にいた。
短い間だったが いつも 優子の髪を結ってくれる美容室の椅子に腰掛 馴染みの女性と久し振りに穏やかな談笑をしながら 鏡に中で 夜の女ではない髪に結い上げられていく自分の顔を 時折見つめていた。
カランとドアが開き 何気にそちらを見ると かつて『ママ』と呼んでいた ジョゼのママが 早々に髪を結いに来た。
同伴の予定でも 入っているのだろう。
目敏く優子を見つけたが 素知らぬ素振りで 案内された鏡の前に坐り 煙草に火を点けた。
当時の面影からすると 残念ながら あの頃の勢いは無い様だった。
これが 夜の世界なのだろう。
まして 優子が東郷に引かれた事での打撃は 大きかった筈だ。
優子も 素知らぬ顔の儘 静かに店を後にした。



夕方 東郷を玄関で迎えた優子を見て 
『ほう・・・明日に備えてかな?』
穏やかな微笑みに 優子も 優しく微笑み頷いた。
『ホンの少し前の事なのに あの頃の 麗香の色香とは 今夜は違うな。
棘もない。艶やかじゃ。その 藤の着物も 良く似合っておる。』
『お帰りなさいませ。お褒めに預かり 嬉しゅうございます。
お食事の用意が出来ておりますが・・・』
『うむ・・・その前に 茶を点てて 貰おうかな。』
『はい。ご用意は しております。』
『優子は 賢い女だ。では 先に着替えてくるので 茶室で待っていてくれ。』
『はい。かしこまりました。』
東郷の後を林田さんがついていく姿を見届けて 優子は茶室へと向かった。
茶の用意をしていると 着物姿の東郷が 静かに現れた。



一服 嗜んだ東郷は 暖かな瞳で優子を見つめ
『優子。明日の心の準備は もう出来たようだな。
良い目をしておる。お前さんらしい 綺麗な瞳じゃ。』
『はい。お陰様で 漸く 明日を迎える事が出来ました。それに 東郷様のお心に背かぬ様に この数日間 静かに過ごして参りましたので 大丈夫でございます。
明日は しっかりと この目で この心のままに 出向いて参ります。
唯 一つ 東郷様に 御願いがございます。
心乱れぬ様に 明日の朝 今一度 奥様とお逢いしとうございますが お許し下さいますでしょうか?』
『ああ、構わん。しっかり あいつと話せば良い。
さて・・・そろそろ 小腹も空いてきた。食事にするとしようか。』
『はい。私も お腹が空きました。
今日は 又一段と 林田さんが腕によりをかけて 旬の食材を使ったお料理を作ってくださいました。楽しみですわ。』
『とんかつは無いのか?』
『東郷様。。。』
『はははっ。。。』



翌朝 優子は喪服のいでたちで 東郷の妻の前で長い間 静かに手を合わせていた。
その後姿は 冴え冴えとしてはいたが 決して 刃物の様な冷酷さでは無かった。
迎えに来た杉浦弁護士は 一瞬 驚いた様だが 優しく微笑む優子の瞳に 何かを納得した様に 微笑み返した。
『東郷様 では 行って参ります。』
『ああ。しっかりとな。』
『はい。ありがとうございます。では・・・。』
車中でも 優子は 何も語らず 唯 静かに瞳を閉じ 心の中で 亡き両親と語り合っていた。
裁判所に到着し 車から降りてきた優子に 報道陣や野次馬も 近寄る事が出来ない オーラが包んでいた。
其れとは対照的に 被告人席に坐る上坂は 逮捕当時のふてぶてしさも消え 随分と歳を取った老人の様だった。
厳かな静寂の中 裁判官が入廷してきた。
一通りの罪状が語られ・・・



『被告人 上坂洋輔。求刑通り 無期懲役と処す。・・・・・・・・』
それ以後の 裁判官の言葉は 優子にも上坂にも 何も 聴こえてはいなかった・・・・。

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             『鏡の中の女』  小説 (28)
by deracine_anjo | 2005-05-16 11:47 | 『鏡の中の女』 小説

優子は 東郷 林田さんと共に 初夏の箱根に遣って来ていた。



東郷が少し 疲れを癒したいと 優子に提案し 静かな佇まいの別荘に遣って来ていたのである。
この別荘も 亡き奥様の療養地として購入されたらしく 奥様の面影が あちらこちらに感じられ 何故だか 赤の他人の優子のささくれていた心までも 穏やかに癒してくれた。
優子は林田さんと共に 手入れは申し分無いほど行き届いてはいるが 少し寂しい花壇に 花を植えたり 峠下まで買い物に行き 新鮮な魚介類を買って来ては 台所に共に立って 料理をするという 平凡で静かな数日を過ごしていた。
此処は 時折 東郷に電話が入る位で 世間から 殆んど遮断された様な環境だったが それが 心地よい。
東郷に内緒で 大涌谷の温泉卵を買って帰り 食卓に並べて 驚かせたり・・・たった数日間だったが 優子は よく笑い よく眠り 久し振りに 昔の優子に戻った様だった。
そして・・・その姿を 嬉しそうに見守る東郷の姿があった。
明日は又 現実の世界に戻るという日・・・東郷は 珍しく 遅くまで優子相手に チェスを楽しんでいた。
東郷曰く いつも 奥様に負けてばかりだったそうだ。
他の事で 奥様に負ける事など 殆んどと言ってない東郷が チェスだけは どうしても 奥様に負けてしまっていたらしい。
勿論 優子は チェスなどした事も無いので もう 散々な状態だったが それすらも 東郷は楽しそうだった。
『優子 私の様な 男と共に居て 寂しくはないか?
平凡な恋愛 結婚生活・・・を 望まなくていいのか・・・?
正直に 答えて構わんぞ。』
突然の質問に 優子自身 一瞬戸惑ったが 即座に
『何も 寂しくはありません。
唯 東郷様のお体が 気になるだけです。今 充分に幸せでございます。』
『本心か?それは。』
『はい。この数日間 こうして この地で 静かに暮らして居るだけでも 改めて 東郷様に巡り会えた事を 心から 嬉しく想っております。』
『お前さんを 金と権力で 縛っているとは想わんのか?』
『全然・・・そのような事を想った事は ありません。
この別荘の奥様の面影すら 私は 申し訳ないと想いつつも 癒して頂けました。
今度は 私が 奥様の分まで 東郷様に出来限りの事をしていきたいと想っております。』
『申し訳ないな・・・優子。』
『何がですか?お礼を申し上げるのは 私の方なのです、東郷様。』



東京に戻った東郷と優子は 又 それぞれに 日常に追い駆けられる様な生活が始まったが これまでとは違う優子だった。
公判も少しづつ進んでいたが 優子の心の中に 変化もあった。
それは 『憐れみ』 なのかも知れなかった。
それに 思いもかけず 会社の方が一段と忙しくなり 考えた末 金森さんを社長の座に就任して貰い 優子自身は 取締役という形で 一歩 退き 東郷との日々を大切にしようとしていた。
其れとは逆に 東郷は今迄にも増して 忙しさを極めていた。
それだけに 優子は 自宅に帰ってきた時だけは 穏やかな時間を持てる様に 林田さんと共に心がけ 日々を過ごしていた。



そして 一本の電話が 鳴った。杉浦弁護士からだった。
『優子さん 判決の日が 決まりました。』
受話器を静かに置いた優子の瞳は 遠くを見つめていた・・・・・。

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             『鏡の中の女』 小説 (27)
by deracine_anjo | 2005-05-15 15:24 | 『鏡の中の女』 小説

『眠れないのか?』



リビングのドアが静かに開き 東郷が入って来た。
『すみません。起こしてしまいましたか?』
『いや、私も中々 寝つかれなくて・・・・一杯 私も貰おう。』
『はい。少々 お待ち下さい。』
ブランデーをグラスに入れ 東郷の前に置き 優子も又 グラスに入った琥珀色の液体を静かに見つめていた。
『優子 この際 お前さんに 言っておきたい事がある。
少しの間 構わんか?』
『はい・・・・大丈夫でございます。』
『優子。お前さんは 今 戦いの中で 新たな憎しみが 心に火を点けた事だろう。人間として 親を想う子として当然の事じゃ。
しかし 敢えて お前さんに言っておく。
この戦いは もう 結果は見えておる。だからこそ お前さんに言う。
憎しみは もう 捨てるんじゃ。忘れろとは 言わん。
これからの お前さんの幸せを 考えるんじゃ。』
『東郷様・・・』
『お前さんの気持ち 分からんでもないが この東郷など 地獄に落ちるだろう人生を 何十年と生きてきた。
人から 憎まれ 罵られ それでも この東郷の力が欲しくて 這いつくばって近づいて来た人間を 何人も 何十人も 蹴落とし 影の人間として 生きてきた人間じゃ。
人からの憎しみも 刃の如くこの心に 受けてきた。
だからこそ お前さんには 相手を憎むだけの人生を 送らせたくは無い。
優子。私の言いたい事が お前さんには 分かるだろう。』
優子は静かに 東郷の言葉を聞いていた。
『裁判は裁判として これからの お前さんの生き方が お前さんの親御さんの供養になる。
其れは 憎しみを捨てると言う事だ。自分自身を 開放してやれ。
私が お前さんに言いたい事は それだけだ。』
『はい。東郷様のお言葉 心に刻んでおきます。』
『さて・・・・もう一休み する事にする。お前さんも 早く 休め。』
『はい。おやすみなさいませ。』



まんじりともしないまま 優子は朝を迎えた。
ベランダから見える朝陽を眺めながら 優子は泣いていた。
東郷の言葉・・・それは 暖かいものだった。
凍り付いていた優子の心を 少しづつ 少しづつ 融かしていくように 
穏やかな静けさを もたらせてくれていた。
憎しみは 心を荒ませてしまう。
憎しみだけを持って生きる人生は 哀れだと 自分自身 想う。
夢であった工場の再建も出来た。
充分過ぎるほど 東郷をはじめ 周りの人間に 守られ 愛されていると思える。



出来る事ならば 穏やかな人生を 今一度 一から始めたいと・・・・朝陽に向かって 想う優子だった。

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             『鏡の中の女』  小説 (26)
by deracine_anjo | 2005-05-14 04:57 | 『鏡の中の女』 小説

裁判所を一歩出た途端 暑い日差しと疲労感に 優子は一瞬 意識が遠のくのを感じた。
次の瞬間 杉浦弁護士の支えと耳元で小さく囁いた言葉
『報道陣がいます。車迄 持ち堪えてください!』
辛うじて 優子はその言葉を支えに 一歩一歩階段を降り始めた瞬間に 案の定 報道陣から取り囲まれた。
その無神経で野蛮な人間達を見た瞬間 優子は 今 まさに まだ 餌食として戦場に居る事を改めて感じ 歯を食い縛る様にして 毅然とした姿で 車までの道を 夜の世界で生きてきた麗香の如く 冴え冴えとした面持ちで ゆっくりと降りていった。
何処かで 『東郷さんの後ろ盾があると言うのは 本当ですか?』
誰かが 叫んだ気がしたが 其れもすべて無視し 車に乗り込む瞬間に 一瞬振り向き 
『皆様の常識ある報道を期待します。』
そう 一言答えて 車に乗り込んだ。
車が発進し 追跡してくる車もないと分かった瞬間 杉浦弁護士が 穏やかに
『お見事でした。質疑応答も完璧です。でも まだ 始まったばかりですから これから先 もっとお辛い思いをされる事もあるやも知れませんが 頑張って下さい。』
『はい。先程は みっともない姿を御見せして 申し訳ありませんでした。
今後は もう あのような事は無い様に 気をつけますので。』
『とんでもない。車に乗り込まれる時の優子さんは 誰をも近付く事が出来ないほどの 強さがありました。充分ですよ。
でも 今日は お疲れに成られたでしょうから ゆっくりお休み下さい。
一応 本宅までの道は 遠回りをして 送り届けさせて頂きます。』



帰宅した優子を 今日も東郷は先に帰宅して待っていた。
『東郷様 ただいま戻りました。』
『少々 疲れているようだな。話は 杉浦から聞くので 優子は 夕食までに 着替えてくればいい。』
『はい・・・では そうさせて頂きます。杉浦さん それでは 宜しくお願い致します。』
優子は リビングのドアを閉めた途端に 今一度 軽い目眩を感じて 思わず意識が遠のきそうになった。
その瞬間 静かな素振りで そっと身体を支えてくれた人がいた。
『優子様 大丈夫ですか?』
いつも 穏やかで一番信頼の置ける 林田さんだった。
『お着替えをお手伝い致しましょう。』
『すみません。御願い致します。』
身体の全ての力を林田さんに預ける様に 自室に戻り ベットに腰掛けた優子に林田さんは
『お顔の色が今夜は 優れませんし お疲れでしょうから お着物ではなく ドレスに為さいますか?』
そう尋ねながら 静かに優しく優子の両の手を撫でてくれている。
その優しさに力付けられた様に 優子は微笑み 
『シャワーを浴びて参りますから 明るめのお着物を用意して下さいますか?』
にっこりと微笑み 林田さんは 頷いて
『では お持ちしております。』と 用意を始め 優子は 浴室へと向かった。



自分の悲鳴で目覚めた優子は 暫くの間 夢と現実の境を 成す術も無く 彷徨っていた。
全身に脂汗を掻き 髪の毛も首筋にべったりと張り付いている。
あの日 あの事件の夜 同期の結婚退職祝いに出席した後 3次会まで気の合う仲間と共に カラオケを楽しみ タクシーで帰宅する途中で聞いた サイレンの音。
今夜は両親達は 社員と共に慰安旅行で伊豆に行っているという解放感から 多少の夜遊びも偶には・・・と 想って帰宅した優子の目に見えた悲惨な現実。
赤々と燃え上がる火の勢い・・・・近所の人達の悲鳴。
怒声に近い 消防官達の声。
その声に混じって 
『中に人が居るぞ!!』
悪夢だった・・・。
社員と共に 2泊3日で伊豆に行っている筈の両親が 旅行に行かずに この赤々と燃え上がる炎の中に 居ると言うのか!!
押し留めようとする人の手を 振り払う様にして 
『あの家は 私の家です。中に・・・中に 両親が居ると言うのは・・・・・
何故・・・今日から 今日から 慰安旅行で・・・・・・』
『危ないから 離れるんだ!!』
『御願いです。父が・・・母が・・・・。助けてください。』
『我々も 精一杯遣っているが 今は この火を消しとめ延焼を食い止めなければ・・・』
『助けてください!!助けてください!!』



どうしても・・・と頼まれた仕事を休みだからと断れなかった・・・・父。
それは・・・・整備不良の車で 万が一にも事故が起こったら・・・と 想う父の気持ちが 従業員だけ先に行かせて 翌日 父達は 合流する事になった 突発的な事だった。
そして 上坂は 麻薬欲しさだが 渋るあの男に 全てを調べ上げた上で あの日に 放火を言いつけた。
しかし 上坂は その アクシデントも きっと 知っていた筈だ!!
あの男は そういう男だ・・・・。
許す事は・・・・出来ない。絶対に!!

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              『鏡の中の女』 小説 (25)

 
by deracine_anjo | 2005-05-13 01:04 | 『鏡の中の女』 小説

優子の日々は 『上原自動車整備工場』のオーナーとしての立場・・・しかし 全面的には 金森さんに一任し 経理担当の人もキチンと要れて 改めて再出発を始めていた。
当時 父と共に築き上げてくれていた信用と実績を戻ってきてくれた従業員の方々のお力で 取り戻そうとしてくださる姿に 今更ながらに ありがたいと心から 感謝する優子だった。
優子は 両親の祥月命日の墓前の前で 全ての事を報告しながら 暫く物思いに耽っていた。
深田達の裁判の日も決まったと 杉浦弁護士から報告を受けていた。
優子の起こした裁判を切っ掛けに 他の犠牲に成られた方の捜査も 順調に進んでいるらしい。
もう 彼らに 逃げ道は無いだろう。
警察と東郷の力を持ってすれば 全てが白日の下に 明るみに出る事は 確実だろう。
そして それが これから先 同じ様な思いをする方達が出ない事への 警告に成ってくれれば・・・と 淡い期待とは想いつつも 願わずにはいられない優子であった。



東郷との生活は 穏やかな時間の流れの中 過ぎていった。
時折 本宅に 東郷の力を借りに来るお客人がいらっしゃるのを 垣間見る事があったが 優子にとっては 関係の無い世界。
ただ 東郷の体の事を思えば もう 余り無理をして欲しくないと言うのが 本心だったが 其れは 優子が口出しできる事ではない。
夕食時に 他愛の無い話をして 東郷の為に 茶を点て 華を活ける・・。
東郷から頼まれれば 亡き奥様の墓前にも 祥月命日には 出向く。
そして 墓前で手を合わせ 亡き奥様とお話しをしていると 優子の心に奥様の言葉が聴こえてくるような気がしていた。
それは
『あの人に これ以上 無理をさせない様に して下さい。』
いつも 同じ言葉が 心に響いていた・・・。
優子の心は その度に 痛みを感じていた。



第一回公判の日・・・・優子は 証人席に坐っていた。
被告人は上坂洋輔。
宣誓をした後 優子は杉浦弁護士と共に 裁判官が読み上げる控訴状を静かに 聞いていた。
逆に上坂は落ち着き無く 自分の弁護士と何やら 話しをしている様だったが 上坂は知る由も無い事実が もう一つ 昨夜 東郷の口から 聞かされていた優子には 逆に 哀れに映った。
夕食後 いつもの様に 東郷の為に茶を点てていた優子は 言葉こそ物静かで穏やかだが 鬼と言われた東郷の本当の力を 知らされた。
『明日からだな・・・裁判は。』
『はい。お陰様で 漸く漕ぎ着ける事が出来ました。本当に ありがとうございました。』
『はははっ。礼なら もう 耳に蛸が出来るほど聞いたぞ。優子。
しっかり 戦ってくればいい。
杉浦の力も警察の力も そして・・・奴の弁護士の力も 全て お前さんを助ける。』
『東郷様・・・それは。』
『お前さんは 何も 知らなくていい。唯、お前さんは この裁判が 一つの切っ掛けによって 同じ様な事が 起こる事を 少しでも 未然に防げるならば・・・と 淡い期待も持っているのだろう。
残念じゃが 今の世の中 其れは 無理じゃろう。
しかし 今回 お前さん以外でも 辛い思いをしてきた人間の無念だけは 何とか 法の元で 裁かれる為にも 負ける訳には行かない筈じゃ。』
『はい。それだけは・・・。』
『では 私を信じて しっかり 戦ってくればいい。』
優子は 深々と 両手を着いて 東郷に頭を下げた。



上坂を見つめる優子の瞳は 静かだが まるで 東郷が のりうつった様だった・・・。

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             『鏡の中の女』  小説 (24)
by deracine_anjo | 2005-05-11 21:43 | 『鏡の中の女』 小説

晴れわたった春の日 等々 待ちに待った落成式の日が来た。



東郷に同席を頼んだが 穏やかに笑いながら
『私の姿は 所詮 影だ。そんな晴れがましい場所には 似合わん。
遠くから 見てるから 安心していればいい。
分かっているとは思うが 優子 これからが 本当の勝負だぞ。』
『はい。東郷様のお言葉 心に しっかりと・・・。』
『優子 今日の門出に お前さんに これを やろう。』
『何で ございますか・・・』
手渡された箱は 一目で分かる 宝石箱だった。
東郷にはこれまで 着物などは 多く買って貰っていたが 宝石を手渡されるのは 始めてであった。
『開けてみるがいい。』
言われるままに 箱を開けると 見事な大粒のルビーのリングが 収められていた。
『これは?』
『とうとう・・・一度も 身に着けることも無く 亡くなった妻の物だ。』
『東郷様。そんな大切な物を 頂く訳にはいきません!!
お返し致します。』
『そう 目くじらを 立てるな。アイツ・・・優子も お前さんが身に着けてくれたら 喜ぶ。』
『えっ!!奥様のお名前・・・私と同じ 優子様なのですか?』
『ああ・・・そして お前さんの母親に 良く似ておった。』
縺れた糸が 一瞬にして ほどけてゆくのを 優子は感じながら・・・静かに 東郷の次の言葉を待っていた。
『私が 影の世界で生きる男であっても 優子にとっては 私は ただの一人の人間だった。
何時も穏やかで 自分の身体の弱い事も 決して嘆いたりせず 逆に 私に申し訳無いとばかり言っている女だった。
アイツのお陰で ホンの一握りだが 私は 人間らしい部分を残させて貰った。
今は お前さんのお陰で 私は 同じ様に 穏やかな時間を与えて貰っている。まあ 娘を得たようなものだな。だから アイツも 喜ぶ。
だから 受け取ればいいんだ。難しく 考える事はない。』
優子は暫く 東郷の言葉を 心の中 何度も何度も 繰り返し聞いていた。
そして・・・静かに 微笑み
『母から 娘に・・・ですね。東郷様のお世話を 奥様に頼まれたのですね。
分かりました。頂戴いたします。ありがとうございます。』
東郷は 今までで一番の微笑を 優子に見せてくれた。
『東郷様 出掛ける前に 奥様にお逢いしとうございますが お許し頂けますでしょうか?』
『ああ・・・構わん。逢ってやってくれ。』
今まで 東郷の自室に入っても 仏壇には 近づかぬ様にしていた優子だった。
それは 亡き奥様に対しての礼儀だと 思っていた。
静かに 仏壇の前に坐り 奥様の写真を見た瞬間 本当に 東郷の言葉通りの 母に良く似た 少し寂しそうだが 優しい微笑を称えた奥様が 其処には いらっしゃった。
手を合わせながら・・・いつまでも 涙が止まらなかった。



落成式は 盛大なものになった。
当時の従業員は 全て 戻って来てくれていた。
そして 父の元にやって来ていた若者達が 何処で 聞きつけたのだろう・・・何十人・・・と集まってくれた。
ご近所の方も 喜んでくださり 優子は 感謝の気持ちで一杯だった。
優子の指には 東郷の奥様から譲り受けた指輪が 光り輝いていた。
全てを失ってしまった・・・あの瞬間から 今こうして 新しい
『上原自動車整備工場』 が 周りの方の力によって 始められる事の幸せを いつまでも いつまでも 噛み締めていた。




感謝の気持ちを 胸に抱いて・・・。

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             『鏡の中の女』  小説 (23)
by deracine_anjo | 2005-05-08 18:53 | 『鏡の中の女』 小説

私の叫び声に 一番長く東郷の家で 働いている林田さんが 即座に東郷に薬を渡した。
東郷はすぐさま その薬を 口に含んだ。
(ニトロだ!!)
そして 動揺している私に優しく
『優子様 御安心下さい。暫くされれば 落ち着くと思いますので・・・』
今の今まで 優子には気付かれない様に 東郷は隠していたのだ。
静かに瞳を閉じ 優子の膝枕に身体を預けていた東郷が 漸く落ち着いた様子で ポツリポツリと 優子に話しかけてきた。
『どうぞ まだ お話しなど成されないで下さい。』
『大丈夫だ。驚かせて悪かったな。もう少し このままで 構わんか?』
『はい。私は 大丈夫でございますので お楽になさって下さい。』
『お前さんには 秘密にしておこうと思っていたのだが こうなって仕舞えば 仕方が無い。正直に 話そう。
私の心臓は 余り役に立たなくなった為に 機械が入っておる。
お前さんと巡り会う前に 手術をしたんじゃが この前の入院は その機械のメンテじゃ。はははっ。
元々 私も妻同様 心臓に爆弾を抱えていたのだが 何とか 騙し騙し 使っておったが やはり 歳には勝てん。
まだ 死にたくは無いものでな。渋々 手術を受けた。
お前さんに話さなかったのは お前さんを こんな事で 縛りたくは無かったからじゃ。
もう 大丈夫だ。優子、起こしてくれるか?』
『もう よろしいのですか?』
『ああ・・・・ソファーに 連れて行ってくれるかな?』
『はい。』
近くに居た林田さんと共に 東郷を ソファーまで 連れて行き 休ませた。
『何かお飲み物でもお持ちいたしましょうか?』
穏やかに尋ねる林田さんに 
『ブランデーをと言いたい所だが これで林田は怖いから 大人しくミネラル・ウォータにしておこう。』
『はい・・・優子様は?』
『私も 同じ物を御願い致します。』



『地位も金も力も得たが 妻の病気を治してやることも 自分の身体も ままならぬものだ。
これが 人生なのかもしれんながな。』
『東郷様・・・・』
『その様な 顔を見たくなくて 黙っておったのだ。
今まで通りの優子でいればいい!お前さんから 借金を返して貰うまでは 死にはせんから 安心しておれ。はははっ。』
『はい。頑張って お返しいたします。』
『ああ・・・それでこそ 私が見込んだ女だ。お前さんが 生き生きと生きている姿が 私の原動力になる。まだ まだ 負けてはおれんとな。
さて そろそろ 私は 休む事にする。今日は お前さんの点てた茶を 飲む事が出来なかっが 明日がある・・・。』
『はい。明日は 美味しいお茶を点てさせて 頂きます。』
念の為 林田さんと共に 東郷の部屋まで付き添い 着替えを手伝った後 休まれたのを確認して 自室に戻った優子だった。



月明かりの中 優子は 自分の心と静かに会話をしていた。
東郷に対して 愛情と言うより 肉親の情の様なものを 感じてきている自分が居る事だけは 間違いは無かった。
『鬼』と言われた東郷に 全てを信じて 賭けて来た今 何一つ 東郷は 優子を裏切りはしなかった。
それどころか 傷付きボロボロになっていた心を いつの間にか 癒してくれていた。
ただ 何故 東郷が 高々 優子の様な女に 其れほどまでに 心を砕いてくれた理由が 今ひとつ 理解できずにいた。
けれど・・・そんな事は もう どうでも良い気がしてきた。
今 自分が出来る事を 精一杯 示すだけだと・・・・・改めて 思う優子であった。



月明かりに照らされて 優子の頬に 一筋の涙が光っていた・・・・。

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            『鏡の中の女』  小説 (22)
by deracine_anjo | 2005-05-06 23:19 | 『鏡の中の女』 小説

その日 優子は 赤坂のホテルのロビーで ある人間を待っていた。
その人間の答え一つで 全てが始まる。
ソファーに深く腰掛け その時を 静かに待っていた。



『人違いでしたら 申し訳ありません。上原優子さんですか?』
そっと 声を掛けてきた男性は 紛れも無く 亡き父の片腕だった金森さんだった。
静かに優子は立ち上がり 優しく微笑み
『ご無沙汰しておりました。はい。優子です。変わってしまったので 驚かれたでしょう。』
『いえ、面影は昔のままですが・・・・』
『ふふっ。いいんですよ。正直に言って下さって。でも 取り敢えず あちらのラウンジに参りましょう。それから お話しを。』
互いに 数年振りの再会であった。
父の元で働いていてくれた人達は 随分と 優子に再建を望んでくれていた。
しかし 傷心の優子には その気持ちは嬉しくても 到底 心が付いてゆかなかった。
残念さを胸に 皆 それぞれが 新しい職場に去っていった。
最後まで 諦めずに優子を励まし もし その気になったら 声を掛けてくれと去って行ったのが金森さんだった。
『今日は 突然 お呼びたてしてしまって すみませんでした。お変わりありませんでしたか?』
『本当に 御無沙汰してしまって すみませんでした。お嬢さんこそ お元気でしたか?』
『もう お嬢さんではありませんよ。ご存知とは思いますが あれから 色々有りましたが 漸く 一区切り 目途が立ちました。
それで 御無理を承知で 今日は お話をさせて頂きたくて 御連絡をしてしまいました。
勝手を申し上げて すみませんでした。』
『とんでも有りません。私は この日を 待っていたんです。ありがとうございます。』
『そのお言葉 ありがたく 頂戴しても宜しいのでしょうか?』
『私は社長の腕に惚れ込んで 育てて貰った人間です。ご恩返しが出来るのでしたら 何なりと私に 仰って下さい。再建されるのですか?』
『はい・・・金森さんがお力添え頂けるのでしたら 遣ってみたいと思っておリます。もう あのビルは手に入れました。借金だらけですが・・・。』
『それは 本当ですか?』
『事件がやっと キチンと白昼の元に証明された事によって あのビルの持ち主が 売りに出したのです。テナントビルでしたので 借りられている方々も 余り良い思いをされなかった様で・・・。でも 私が買い取った事で 逆に風が 味方してくれました。
構想としては 1階、2階は うちの工場として改築し その上の方達は そのまま 借りてくださる事に。
ただ オフィスビルの様な建物ですので 余り雰囲気を壊さない程度の妥協は 頼まれましたが・・・。』
『本当に再建できるんですね・・・・。幾らでも 微力ですが 協力させて頂きます。』
金森さんの瞳から 大粒の涙が 頬を伝って落ちた。



地上げに何とか 持ち堪えられた方々も 多少残っていらして 『上原自動車整備工場』再建を 心から喜んでくださる方に支えられ 着々と 準備は進んでいった。
又 噂を聞きつけた他の従業員達も 皆 戻って来たいと 嬉しい言葉にも支えられ 優子の日々は 充実していた。
しかし・・・
あの夜 東郷が漏らした言葉に この時とばかりに 初めて 詰め寄って尋ねたが やはり 東郷は
『お前さんよりは 先に逝くと言う事だ。そんな 怖い顔をして・・・何も 心配する事は無い。』
と やはり やんわりと かわされてしまった。
けれど 優子の心には 一抹の不安が 次第に大きくなるばかりで 一向に晴れない。
相変わらず 多忙な日々を過ごされ 時間の許す限り 優子と夕食を共にし 茶を嗜む。
何一つ 変わった事は見当たらないのだが それでも 優子は不安で仕方が無かった。
取り越し苦労であればいいのだが・・・祈る様な 日々を過ごしていた。



時折 東郷は 出先の途中で 改装現場に立ち寄って下さる様で 
夕食時に
『優子 中々 気の利いた作りになっておるな。出来上がりが楽しみじゃな。』
『東郷様 ご覧に成って下さったのですか?ありがとうございます。
整備工場の設備に関しては 全て金森さんが 仕切ってくれておリますし 他の借り主の方の意見を配慮して 出来るだけ 全体の雰囲気を壊さない様に デザインしてくださる先生のお力で 思い描いていたよりも 良い物が出来そうです。
これも 何もかも 東郷様のお陰です。』
『いや お前さんの力じゃよ。この 鬼の東郷を 此処まで 動かせたのじゃからな・・・はははっ。』



その 瞬間 恐れていた事が・・・・
東郷は 胸を押さえて 椅子から 崩れ落ちた。
『東郷様!!』

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             『鏡の中の女』  小説 (21)
by deracine_anjo | 2005-05-05 13:28 | 『鏡の中の女』 小説