『名も無き 雑草。・・そして 此処に おります♪』 


by deracine_anjo
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カテゴリ:『女の居た季節』 短編小説( 10 )

ICUから出て暫くした頃 女がいつもの様に 面会に来てくれて 身の回りの事を細々 遣ってくれた後 妙に神妙な顔つきで
『少し お話ししても構いませんか?』と 尋ねてきた。
俺は ベットを起こしながら
『リハビリにも成るから 構わないよ。それより いつも 申し訳ないね。
此処に来る交通費とか立て替えてくれてる様な物のお金 後で チャンと請求してくれよ。』
『そんな事 構いません。それに 私が 勝手に遣ってる事ですから・・・』
『イヤ・・・そういう訳にはいかない。受け取って貰わないと 俺も 何も 頼めなくなる。』
『はい 分かりました。では そうします。』
『で・・・話っていうのは?』
『実は 漸く 離婚が成立しました。改めて 加瀬美玲 と申します。長い間 キチンと名前を名乗ることもせず 申し訳ありませんでした。』
『別に 何も 気にしてはいないよ。そんな事は・・・大雑把な性格だから。』
『それに お店の事なんですけど 週3日 勝手に遣らせて頂いておりますの。すみません。』
『えっ!!張り紙一枚貼って 閉めててくれれば それで良かったのに・・・無理しなくていいよ。大した店じゃないんだから・・・。』
『いえ・・・私が 遣りたかったのです。一人歩きが 出来る様に・・・・』
『一人歩きか・・・・』
『はい。お恥ずかしい話しなのですが 私は 一人娘という事もあり 過保護に育てられました。そして それ成りの年齢に成った時 父の言われるままに あの人と結婚致しました。小さいながらも 銀座で宝石商を営んでいましたので 婿を取る形での結婚でしたが 父が亡くなった後
あの人は このご時勢 昔からのお得意様だけでの商売では 先細りしていくと考えて ジゴロの様な商売をし始めたのです。』
(それが あの店での騒動の原因だったのか・・・・)
『お察しの通りです。お客様のご主人が その事に気が付いて 離婚問題になり あのお店に呼び出されて 殴られたのです。ご覧になってましたでしょう。』
『気が付いていたんだ・・・俺が居た事に。』
『はい。あの時 私は 針の筵でした。その中で マスターだけが そ知らぬ顔をして下さったのです。それで 私 お店を出る時に お店の子に マスターの事をお聞きしたんです。すみませんでした。沢山の隠し事をして・・・・。』
『ああいう商売をしていると いつの間にか身につくんだよ。他人の事には 余り深入りするまいってね。』
『ありがとうございました・・・・お疲れになりませんか?』
『いや まだ 平気だよ。それで・・・』
『生まれて初めて 一人で BARに出向き お酒を頂いたんです。』
『あはは。そして 成り行きで 働いてしまった・・・?』
『始めは 自分自身に 驚きました。でも 強く成れる様な気がしてきたんです・・・不思議な事に。』



女が帰った後 俺はボンヤリと考えていた。
昔 俺自身が人に騙されて 一度は自棄を起こし 家庭まで無くした。
身体も心もボロボロになっていた時 昔 贔屓にしてくれていた人に 手を差し伸べられ 俺は もう一度 新しい生き方が出来る様になった。
人も信じる事が 出来る様にも・・・・なった。
あの女が来た時も 漠然とだが 羽根を休めて 又 飛び立つまでの居場所だろうと 俺なりに思っていた。
そろそろ その時期が 来たのかもしれないな。
それならば 尚更 俺は早く 退院しなくちゃな・・・。
窓の外は 新しい季節が巡って来たのを教える様に 澄み切った空をしていた。



退院後 暫くは 自宅に居ながら 2週間に一度の検診と 少しづつ自分の身の回りをする事によって 多少だが 左手の感覚も戻ってきた様な気がして 久し振りに 築地に出掛けてみた。
顔馴染みの店主達に声を掛けられながら 歩く感触。
それは 単純に 『生きている』 という喜びを 思い切り感じられた瞬間だった。
あの女・・・いや 美玲と野村先生のお陰だ。
(貰った命を 大切にしなくちゃな・・・。)
その足で 久し振りに あの店にも顔を出し 美味いコーヒーを飲み 自宅に帰った。
そろそろ 店にも復帰して 美玲を開放して遣らなければ・・・・。
(明日の検診日に 先生に相談してみよう。)
翌日 先生に相談したところ 始めはまだ 余り無理をしない方が・・・と やんわり反対されたが 決して無理はしないという約束で 何とか お許しを頂いた。
人間とは 不思議なもので 怖さはあるが 働ける 自分の居場所に戻れる・・・と思うと 力がわいてくるものだと つくづく思った。
そして 美玲に電話を入れ 今度の月曜から 店に出る事にしたのを 告げた。



今まで同様に 築地で仕入れをし 自宅に戻って 一休みしてから 料理に取り掛かり 又 一休みする・・・と まだ 全てが 前の様には いかないが それでも楽しくて仕方が無かった。
まぁ・・・店を開けた所で 閑古鳥が鳴くだろうが・・・。
そして 俺は 店に向かった。
美玲が いつも キチンとしていてくれたのが 一目で分かった。
隣の店のマスターが驚き それでも喜んでくれ それから少しして 胡蝶蘭が届いた。
美玲からだった。
そして 簡単な用意をしていると 美玲自身が遣って来た。
『マスター 本当に 先生のお許しを貰ったんですか?大丈夫なんですか?』
『チャンと お許しは頂いたし 俺一人が遣るだけなら 大した事はないよ。』
『俺一人って・・・?』
『そこに 坐って・・・俺も 坐るから。』
コーヒーを 2つ用意し 俺は 美玲に 静かに言った。
『もう そろそろ 大丈夫なんじゃないかい?飛び立っても。』
『マスター・・・・。』
『お客としてなら いつでも大歓迎する。それに 何より 命の恩人だからね。でも 人には それぞれに 生きる場所がある。あんたは 親父さんが残した店を 建て直して 頑張っていかなきゃ成らない筈だろ。此処には 骨休めに来ればいいんだ。俺の言いたい事 分かってくれるよな。』
今にも泣き出しそうな美玲。
それでも 強く頷いて
『はい 分かりました。頑張って 無くした信用を取り戻してみせます。
マスター 本当に・・・・』
最後は 言葉にならなかった。
俺は立ち上がり カウンターに戻って 美玲に 久し振りの料理とバーボンをカウンターに置いた。
『味が落ちていないか 確かめてくれるかい?』



その後も 美玲は 客として フラリと偶に遣ってくる。
少しづつだが 離れていった顧客も 戻ってきてくれていると 嬉しそうに話す美玲が 眩しかった。
『一段と綺麗になったな。』
『じゃあ 奥さんにでも してくれます?』
こんな他愛の無い話が出来るほどに 美玲は 強くなっていた。

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       『女が居た季節』 短編小説 『最終章・旅立ち』

                     完


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
☆あとがき☆

  これから先 この二人の人生が どうなるのかは 

  私にも分かりませんが

  幸あれと想い 終わらせて頂きます。

  拙い小説に お付き合い下さいまして ありがとうございました。

                                  by    anjo
by deracine_anjo | 2005-02-25 18:14 | 『女の居た季節』 短編小説
『先生 植野さん 目を覚まされました。』
まだ ボンヤリとしか見えない視界の中で 聴覚と臭覚だけが ここが病院だと 俺に教えている。
『気が付かれましたか?私が見えますか?お名前を言えますか?』
誰かが 遠くで何か言っている。
『安心してください。此処は 病院です。分かりますか?手術は成功しましたよ。しっかり こちらを見てください。ご自分の名前が 言えますか?』
辛うじて 目で合図した俺だが ろれつは回りそうもない。
唯 頭は おかしくなっていないな・・・と 自分自身で 感じた。
けれど 又 俺は 眠りに入っていった。
妙に 穏やかだった・・・そう 母親の胎内に戻った様な 暖かで自然な感じだった気がする。



後で 聞くと 2日間 眠っていたらしい。
次に目覚めた時は 正直 身体のすべてが 軋んで痛みを訴えている様な 不快感だった。
当然 薬を使ってくれているとは分かっていても 痛みとの戦いだった。
もう カニューレも随分減っていた様に思うが 如何せん 身動きが取れない。
ジタバタしていると 漸く 看護士が気が付いてくれた。
暫く待っていると ドクターがやって来た。見覚えのある顔だ。
『私が分かりますか?ご自分のお名前が言えますか?』
『植野靖昭・・・・です。』
『私は分かりますか?』
『野村先生・・・ですよね。』
『そうです。野村です。手術は成功しましたよ。奥さんの機転で こちらの病院に来られたのが何よりもよかった。でも 危なかったですよ。』
『奥さん・・・?』
『ええ 先ほどもいらしていましたよ。綺麗な方ですね。羨ましい。一日も 早く 良くなってあげないと・・・いけませんよ。』
まだ うすボンヤリとした俺の意識の中で 少しづつ 組み立てていくパズル。
時間の観念も 殆んどまだ 正常に機能していない脳細胞で ゆっくりと フィールド・バックしてゆく。歪んだフィルムの逆回転・・・考えると 痛みが 伴うような気がするが 思い出したい。思い出せる筈だ!!
・・・・そうだ!!・・・・俺は 店の中で 倒れたんだ。
今にも 泣きそうにゆがんだ顔が 思い出された。そして 俺を何度も呼び続ける声・・・・。



1ヵ月後 俺は 退院に向けての リハビリに精を出していた。
(脳腫瘍)の手術は 女の機転で この病院に搬送され 偶々 当直だった俺の担当医の野村先生のお陰で 助けて頂いたが 多少 後遺症は残った。
しかし この程度の後遺症で 情けない事など 言えない。
水商売とは違った意味で 病院には 色んな人生がある。
俺と同じ病気と 健気に戦っている 小さな子供。
まだ 若い盛りに 突然倒れた夫は 未だに意識を回復できず 付き添う妻は 日増しにやつれていく・・・。
もう 残り少ない時間を 穏やかに妻に付き添う夫・・・・。
静かに・・・・聴こえる すすり泣き。
そして 何よりも 女は 時間を作っては 俺の見舞いと 店も 切り盛りしてくれていた。
だから 尚更 俺は一日も早く 退院しなければならない。
多少 ろれつが回らなくとも 左半身が今迄の様に 自由にならなくても 嘆くなんて 甘い事。
毎日 毎日 それだけを思って 過酷なリハビリにも 我慢できたし 俺の城に 戻れるのなら 一日でも早く戻り 女を 楽にしてやりたかった。
そんなある日・・・午後の回診で
『植野さん 良く頑張りましたね。明後日 退院していいですよ。但し 2週間に1度の定期検査と 絶対無理をしないという 約束が出来ればですけどね。』
『はい 助けて頂いた命は 大切にします。本当に ありがとうございました。』
『その言葉 絶対に忘れないで下さいね。それに 左半身も 日常生活に戻れば もっと 良くなると思いますから 諦めないで下さい。但し 無理は駄目ですよ。』




ドア越しに 俺たちの会話を 見舞いに来てくれた女は 聴いていたらしく 病室に入ってきた時には 涙を瞳に溜めたまま 野村先生に 深々と頭を下げた。
『本当に ありがとうございました。』
『奥さん 良く 頑張りましたね。でも まだまだ これからですから よく 御主人を 見張っておいて下さいね。』
『はい。充分に・・・・』
『植野さん 奥さんの為にも 頑張らないといけませんね。』
そう言いながら 出て行く野村先生と 女に
俺は  同じ様に ベットの上で 深々と頭を下げていた。

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         『女が居た季節』 短編小説 (9) 『声』
by deracine_anjo | 2005-02-25 05:58 | 『女の居た季節』 短編小説
巷では そろそろ 春の予感を感じる季節になってきた。



相変わらず 女は 週に3日 店に出てくれているし 時々 他の日に飲みに来る日が 穏やかに流れていた。
唯 時折 女の顔が 今 置かれている状況を物語る様に 苦渋に満ち 哀しげな表情をする時があるのが ソッと 見て取れる時がある。
上手く話し合いが 付かないのだろう・・・。
この店で働いている事も 問題なのかもしれないな。
けれど 女は 働いている時は 微塵もそんな雰囲気をお客様に見せる事無く 見事なまでに  『美玲』 として 振舞ってくれていた。
それが 逆に 痛々しい様な気になってくる。
(俺も 年を とったな・・・・。)
今夜も 美玲 目当てに 客足は途絶えない。
人間とは 不思議なものだと いつも思う。
人は それぞれに 色んな形で 荷物を背負っている。
それは 家庭であったり 仕事での悩みであったり 人間関係の複雑に絡んだ荷物であったりする。
そして 酒に逃げるという事も しばしばある。
けれど 女の持つ暖かさや優しさ そして 自分自身の痛み 苦しみ 哀しみを 心に秘めて応対してくれる美玲が この店に来るお客様にとっては 何かしらの 安心感に成っている様な気がする。
羽根を休めさせて遣れれば・・・なんて 俺らしくも無い事を 考えちまった所為で 女をもっと 苦しめているんじゃないかと 思うように成ってきていた。



一段落 お客が引けて 俺は女に バーボンを作って渡した。
『いいんですか?』
『ああ 今夜も美玲ちゃんのお陰で 満員御礼だったし そろそろ 上がる時間だろう。それからこれ。今日の魚 粋のいい奴が入ったから 美鈴ちゃんにも食べて貰おうと 別にしておいたんだ。よければ 家に帰って 食べてくれ。』
『嬉しい。お客様が皆さん 喜んでいらっしゃったから 少し妬けていましたの。ありがとうございます マスター。』
『それより 少し痩せたんじゃないかい?店に出る事で 無理してるんじゃないのかい?』
『すみません。ご心配をお掛けして・・・でも 後少しで 決着が付きそうなんです。だから 今 踏ん張らないと・・・・』
『そうか・・・でも 余り無理しないで いいんだからね。店にとっては 大事な美玲ちゃんだが それよりも 自分の人生を大事にしなきゃ 駄目だぜ。』
『ありがとうございます。でも この店に来て マスターやお客様にお逢いする事で 力が出てくるんです。負けるものかって。』
そう答えながら にこやかに微笑み返す 女。
『それならいいんだが・・・・』



そう言った瞬間 俺の頭は いつもの痛みより 激しさを増して襲ってきた。
思わず俺は カウンターにうつぶせてしまい 次の瞬間 崩れ落ちた。
『マスターどうなさったんですか!!マスター マスター・・・』
意識が薄れていく中で 美玲が俺を覗き込みながら 叫んでいるシルエットが 段々 と 消えていった・・・。

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      『女の居た季節』 短編小説 (8) 『移り往く季節』
by deracine_anjo | 2005-02-24 12:18 | 『女の居た季節』 短編小説
『君って女は 何処まで 俺を馬鹿にするつもりだ!』
突然 店にやって来た男は 女の側まで駆け寄り 右手を上げた。
辛うじて カウンター越しに 男の手を掴み 俺は静かに告げた。
『お客様。こちらのお客様と どういう御関係かは 存じませんが うちのお店にいらっしゃっているお客様に 暴力を振るわれては 困ります。』
『あんたには 関係の無い事だ。口を挟まないでくれ。この女は 俺の妻だ。』
『奥様であっても 女性に暴力を振るうのは 以ての外ですよ。』
『煩い!水商売の男に 一々意見など される必要はない。』
それまで 黙って前を見詰めていた女は キッパリと
『こちらのマスターに それ以上 失礼な事を言われるのでしたら 警察を呼びますよ。さあ お殴りなさい。』
今まで見た事も無いほど 女は毅然とした態度で 夫と名乗る男の方を向き そう答えた。
男は俺の手を振り解き 今度は女の腕を掴み
『兎に角 みっともない真似は止めろ。兎に角 家に帰るんだ。』
『手を放して下さい。私は このお店で 今 飲んでいるのです。貴方 お一人でお帰り下さい。』
『何をぬけぬけと。お前はこの店で 働いているんだろう。今度の愛人は 飲み屋のマスターか!』
『マスター 警察を呼んでください。私は 顧問弁護士を呼びますので。
貴方は 又しても興信所を使って 私の事を監視していらっしゃったのでしょう。私の事を 侮辱なさるのは まだ 貴方が離婚を承諾して下さらないので 形だけとはいえ夫婦ですから 仕方が有りませんが 他の方を 侮辱する権利は無い筈ですよ。』
『小ざかしい事を。あの弁護士に入れ知恵されたんだろう。兎に角 帰るんだ。』
『マスター 電話を!』
俺は受話器を取り 電話を掛けようとした途端 男は 女を突き飛ばし 罵声を浴びせながら店から出て行った。



俺は カウンターから出て 女を抱き起こし そのまま 店を『CLOSE』にして 鍵を閉めた。
『ご迷惑をお掛けして 申し訳ありませんでした。2度とこの様な事が無い様に致しますので お許し下さい。』
『怪我はしていない?兎に角 坐って。俺は 何も気にしていないから。
新しいバーボン 作ろうか?』
深々と頭を下げる女に 俺はそう告げた。
『はい 御願いします。でも 本当に すみませんでした。』
『水商売してると 色んな事があるから 全然気にしなくていいよ。
それより 大丈夫なのかい?あのままで。』
『ええ 今 離婚調停の最中ですから 無茶な事をすれば それだけ あの人が不利に成るだけですから 大丈夫です。』
『それなら いいけれど・・・』
『それより マスター。もう 此処で 使っては貰えないですよね。』
『えっ?何故?』
『何故って もう2度と この様な事はさせませんが マスターが面倒な事に巻き込まれるのは 嫌だと思われたんじゃないかと・・・・』
『あの様子だと 働けなくなりそうかい?』
『いえ そういう事ではなくて・・・・』
『じゃあ 何も 問題はないよ。ご覧の通り 美玲ちゃんが来ない日は 閑古鳥が鳴いてるし お陰で 誰にも見られなかったし。』
『いいんですか?本当に。』
『さあ この話は これでお仕舞い。ゆっくり飲んで行けばいい。今夜は 俺も付き合うよ。』
『えっ!マスター 飲めないんじゃぁ・・・。』
『あはは。その逆だよ。飲み過ぎて 身を持ち崩し損ねたから この店を始める時に キッパリ 止めたんだよ。今夜だけ 解禁だ。』



翌日 20年振りに飲んだ酒は 少々応えたが いつもの様に 築地に行き仕入れをしている時 又しても 例の頭痛がしてきた。何とか ポケットから薬を取り出し 飲み込んだ。
そろそろ ガタが来てるな・・・俺の身体も。
医者には 一日でも早くと 手術を勧められているが 最悪を考えれば 店もたたまなければ成らないだろう。それを考えると 二の足を踏んでしまう。
それに 今は 所詮 赤の他人だが 女の事も気に掛かる。
俺に何が出来るって訳でもないけど・・・。
そんな事を考えながら 一休みしていたら 痛みは治まってきた。



俺も お節介だな・・・そう一人呟きながら 家路へと急いだ。

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      『女が居た季節』 短編小説 (7) 『訪問者』
by deracine_anjo | 2005-02-23 17:07 | 『女の居た季節』 短編小説
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人は それぞれ 生きてきた過程で 色んな術を身につけるものだ。
それは いい事も悪いことも含めて その人間の人生なのだ・・・。
俺自身 板前修業から入って 今こうして 水商売の世界で生きてきながら 色んな術を身に纏い いつしか それが 本当の自分なのか 削ぎ落とせば 俺自身に 戻れるのか・・・もう後戻りは出来ないのか 分からない時がある。
それでも 曲りなりに この世界で生きていたから分かる事も 出来てきた。
勿論 其処に到るまでには 多くの 失敗を重ねてきたからだが・・・。
今 女は 羽根を休めに 今迄と違った環境の中に 自分の身を 置く事で 生きる力を今一度 取り戻そうとしている様な気がする。
それは ある意味で あの店で 女が叫んで 美玲の頬を 殴った事に関係するのだろう。
女が 羽根を休める場所に 俺の店を選んだ理由は 偶然なのか 其処までは 見当が付かないが 兎に角 又 羽ばたける様になるまで 休めばいいと 俺は いつもの様に 仕入れから帰って 料理の下ごしらえをしながら そんな事を 考えていた。
もう 今日で 1ヶ月になる。
今日は 女は休みの日だから 客足も少ないだろう。
女のお陰で 週3日は 少々 嬉しい悲鳴を上げたくなる位い 客足が 途絶えない。
それも そう 長い時間では・・・ないだろう。
苦めに入れたコーヒーを 窓辺で飲みながら 俺はそう思っていた。
今夜は 雨の所為もあって 閑古鳥が 鳴くかな・・・・静かな夜に なりそうだ。



案の定 2組 定連がやって来たっきり パタリと客足は 途絶えた。
俺は お気に入りのコーヒーを淹れながら 今夜の気分で CDを取り替えていた。
不思議なもので カラオケも無い店 今時の音楽や演歌を流さない店にも拘らず JAZZを好むお客様は 意外と多い。
俺なんかより 知識も豊富で 偶にCD片手にやって来ては 『これかけてよ』・・・なんて 言われる事もある。
そんな 経験が出来るのも 楽しみで まだ 暫くは この店を辞めれない理由かもしれない。
けれど そう言っていられない 現実が 俺の前に 少しばかり 影を潜めていた。
深く考えても仕方が無いし 成るように 成るさ・・・と 俺は自分自身に言い聞かせていた時 店の電話が 鳴った。
電話に出る前から 美玲だと 俺は 確信していた。



30分後 久し振りに 女は 俺の料理を食べながら お気に入りのバーボンを飲んでいた。
このカウンターに坐っていても 本当は 似合わないのが 始めは痛々しかったが 今は 何処か 可愛さに変わってきた。
『どうしたんですか?マスター・・・・ひとり 何か 楽しんでいるようですけど。』
『いや・・・いつも 俺の料理を 美味そうに食べてくれるなと思って・・・』
『美味しい物を食べる時 不機嫌な人間は いませんよ。でも 余り 見ないで下さい。喉につかえます。』
『悪かった。 そうだ!丁度 1ヶ月 働いて貰ったから 用意はしてきたんだ。』
俺は 女が金に困っているとは思えなかったが 少しだが色をつけて 給料袋に1ヶ月分の金を入れておいた袋を渡した。
驚いた様な顔をしながらも 嬉しそうに両手で胸に抱きしめている姿が 妙に 艶かしかった。
『悪いけれど ここに 受け取りのサインを欲しいんだ。(美玲) だけで いい。それに 一応 中身も確かめてくれ。大した金を払えなくて 悪いんだが・・・』
神妙に封を開け 金額を見た 女は 俺の顔と明細書を見比べ・・・
『こんなに頂いて いいのですか? 私 何も お役に立っていませんのに・・・』
『充分すぎる程 お役にたってるよ。でも 少なくて 悪いね。』
『もう一杯 飲むかい?』
幾つになっても 女の涙は 男にとっては 弱いものだ。
俺は サイン帳だけ渡して 背中を向け 新しいバーボンのロックを作り始めた。



その時 俺の意識が 少し遠のいたのを感じた・・・と
同時に ドアを 荒々しく開ける音が した。


        『女が居た季節』  短編小説 (6) 『過去』
by deracine_anjo | 2005-02-23 04:26 | 『女の居た季節』 短編小説
まさか こう成るとは 思いも寄らなかった。
開店準備を終え 一息付いた時点から 客足が途絶えない状態になってしまった。
何処の誰が・・・・と言っても 昨日のお客様の中の誰かだろうが 暫く女の子を置いていなかった店に それも 俺の店には 不似合いな子が入ったと聞きつけた常連客が 一目みたいとやって来たのである。
男と言うものは どうしようもないものだと思いつつも 俺は戸惑っていた。
今日 彼女と逢った時 『土曜だから暇だろう・・・』と 言ってしまったのだから 俺はお客様に いちいち謝らなくては 成らなくなった。
此処まで 『ささやき千里』 が 実証されると もう お手上げだ。
まして 俺は 女の連絡先を知らない。
頼み込んで 来てもらう術もない。
ただただ お客様に 謝るだけだ。
オープンして1時間も経たない時 ドアが静かに開いた。
美玲だった。
カウンターに入りながら 『今夜もゆっくり マスターのお料理を頂けないようですね。』
小声で俺に話しかけ その次の瞬間 美玲は 水商売の女に 変わっていた。
『何だ マスター 出し惜しみしてたのかい?』
酔うと少しばかり 癖が悪くなる 呉服屋の若旦那が 絡んでくる。
『いえ とんでもありません。 本当に今日は 休みだったのですが 無理を言って 出てきて貰ったのですョ。』
『美玲と申します。 宜しく 御贔屓に御願い致します。』
カウンターで 洗い物をしながら 美玲は にこやかに応対している。
けれど 水商売上がりには どう観ても見えない。
言葉の端端に 生まれや素性が見え隠れするのが 哀しいかな・・・・人がそれぞれに背負ってきた生き様だ。
美玲は そつなく 酔った客を相手にしているが それは 夜の世界で身に着けたモノではない。
強いて言えば 何かの客商売・・・・・それも それなりに難しい相手を客にして 生きてきた 強さなのだろう。
下賎な言葉も サラリと微笑みで返す。
テーブル席に・・・と言った客には 俺が ハッキリ断る。
もしかしたら 嫉妬かもしれないな・・・・俺は 心の中で 苦笑いをしていた。



一段落 お客が引けて 改めて 俺は 女に礼を言った。
『昨日は バタバタとして ゆっくり飲めなかったので 寄らせて貰ったんですが・・・』
『本当に助かったよ。処で 出てくれる日を この際 ハッキリ 決めないか?それに 時間やお金の事も。』
『お金は相場で構いません。時間は 出来れば8時から12時迄。お店に出られる日は この分だと 取り合えず 水・金・土曜日・・・で 構いませんかしら?』
『分かった。それと 出来たら 携帯の番号だけでも 教えて貰えないだろうか。掛ける事は 滅多に無いと思うが・・・・。』
一瞬 女は 考えた様だったが コースターの裏に 番号を書き記した。
『申し訳ない。細かい事を 聴く気はないが せめて 連絡先だけは 聞かせておいて貰わないと・・・・』
『そうですよね。本当は 簡単な履歴書だって 必要なんでしょ。』
『まぁ・・・ホントはね。』
『すみません。暫くは 『美玲』 という女 として 扱って頂けないでしょうか?勝手を言っているのは 重々 承知しておりますが・・・。』
『兎に角 曜日と時間が決まったし 堅苦しい事をいえる様な店でもないから これで この話は 終わりにしよう。もうそろそろ 上がる時間だね。一杯 飲んで行けばいい。』
『すみません。勝手な事ばかり 申し上げて・・・』
『お腹は?参ったな。もう 何も残ってないや・・・。近所に上手いラーメン屋があるから 食べる?俺も お腹が ペコペコなんだけど・・・』
『はい。私も マスターのお料理 食べに来たので・・・・お腹の虫が さっきから 鳴ってます。』
『オッケー!!ちょっと 待ってて。』
俺は 受話器を取り ラーメン屋に電話を入れた。
『あっ (ガス燈) だけど ラーメン大至急 2つ。お腹が空きすぎて 倒れそうだから 頼むよ!』
受話器を置いた後 俺は 店のドアまで行き 『CLOSE』 に 外の看板を返した。



美味そうに煙草を吸いながら いつもの笑顔で
『バーグマンがお好きなのですか?』
『ああ 店の名前ね。これといった趣味は無いんだが 映画は好きでね。美形に弱いし・・』
『ふふっ・・・それは 世の男性 皆さんですわ。でも あの映画のバーグマンは 本当に綺麗でしたもの。私も好きですわ・・・ガス燈。』
ラーメンが届くまで 他愛の無い話しで 時が あっという間に過ぎたが 女は決して 自分の事は 一言も話さなかった。
何か 訳でもあるのだろうが 一々 詮索するのは止めよう。
それが ある意味で 夜の世界の掟のようなもの。
充分過ぎるほど 女は俺の店に貢献してくれているし このまま 長く居てくれたらいいけれど・・・それは 無いだろうな・・・・と ふと 心をそんな気持ちが過ぎった。



『龍庵で~~~す。お待たせしました。あれ?今夜は 早仕舞いなんですね。』
ラーメン屋の声と共に 俺の思考は 中断した。


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       『女が居た季節』 短編小説 (5) 『ささやき千里』
by deracine_anjo | 2005-02-21 04:29 | 『女の居た季節』 短編小説
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『すみませんでした。お客様に 御迷惑をお掛けしてしまい・・・』
客が引けた後 又 カウンターに座り 飲んでいる女に 俺は深々と 頭を下げた。
『合格かしら?あたし・・・』
『えっ?』
『毎日は無理だけど カウンター内だけのお仕事なら 週に3日位 これるけど。』
『本気なんですか?』
『その前に バーボン 一杯 御願いできますかしら?』
俺は キツネにつままれた様な感覚を感じながら グラスを差し出した。
『困ってらっしゃる?無理にとは 言わなくてよ。あたし このお店 気に入ってるから ハッキリ 断ってくださっても 構わなくてよ。』
女は相変わらず 悪戯っ子の様な微笑を浮かべて グラスの氷を コロコロと回しながら 俺の言葉を待っていた。
店の中では 静かに 『LOUIS ARMSTRONG』 の 『バラ色の人生』 が 流れている。
『御願い出来るのなら 感謝します。』
一瞬 躊躇った後 俺は 自分の言葉に自分自身で驚きながら そう答えていた。
『はい マスター・・・改めて 美玲と申します。これから 宜しく お願い致します。』
そう答えながら スラリと立ち上がり
『では 今夜は これで そろそろ 帰りますので 計算を・・・』
『いえ お客様にご迷惑を お掛けしたのですから 今日は・・・・』
『では お言葉に 甘えますね。すみません・・・マスターの連絡先を 教えて下さいますか?』
俺は名刺の裏に 名前と携帯番号を急いで書き足し 女に渡した。
それを バックに収め 女は
『おやすみなさい』
そう告げると 風の様に ドアの外へと消えた。



翌朝 俺はベットの中で 昨日の事を思い出していた。
思わず煙草の灰が胸に落ちて 慌てて飛び起きた。
今日の仕入れをしに行かなければ・・・・一瞬 そう思ったが 冷蔵庫の中身を考え 今日は何とか賄えるだろう。 
取り敢えず 熱めのシャワーを浴びて ゆっくり それから考え様と 煙草を揉み消し ベットから 勢い良く起き上がった。
シャワーを浴び 部屋に戻ると 明るい陽射しが カーテン越しからも注いでいるのが分かる。
思い切り良く カーテンと窓を開け 新鮮な空気を 胸一杯に吸い込んだ。
コーヒーを淹れる間 部屋の観葉植物達にも 水を与え バスローブのままテーブルに座り  香りを楽しみながら コーヒーを飲み 新聞にザッと 目を通す。
それでも 女の事が 頭から離れない。
『美玲』 という名前以外 何一つ知らない女を 俺は 何故 雇ったのだろう・・・。
週3日 出てくれると言ったが それがいつなのか・・・勿論 金の事も何も決めないまま 女は去っていった。
俺は手玉に取られただけなのか?
それも いいかもしれない・・・何だか そんな気にさせる 女だ。
俺は 一人 声を出して笑った。
久し振りだな・・・・何だか 楽しい。
まるで 『かくれんぼ』 みたいだな・・・・そんな事を 思いながら 俺は暫くの間 このひと時を 楽しんでいた。



俺は店に出る前の気ままな時間を いつもの店でコーヒーを飲んで過ごしていると ふと 人の気配を感じた。
読みかけの本から 目を上げた途端 其処には 美玲が 立っていた。
俺は一瞬 声を上げそうになったが 辛うじて 平静を取り繕った。
『ここ 宜しいですか?』
女は にこやかに微笑みながら 前の席を指差した。
『ああ どうぞ・・・でも どうして ここが・・・』
『さあ・・・どうしてかしら?あっ 私にも コーヒーを・・・』
注文を取りに来たボーイにそう告げると いつもの様に 細身の煙草に火を付けて 涼しげな瞳で 硝子越しの外の景色を 見詰めている。
心なしか 淋しげに見えたのは 光りの加減だろうか・・・。



『今夜は 土曜日ですけど お忙しいのかしら?』
一瞬 俺は 何を言われたのか 分からなかったが・・・・漸く 女の言っている意味が分かり
『このご時勢だから 土曜日は 大した事無いな。』
『そうですか・・・では 私は行かなくても 大丈夫ですね。』
ニッコリ微笑みながら・・・・女は 運ばれてきたコーヒーを手に取った。



そして すべらかな喉元を コーヒーが 流れ落ちてゆくのを 俺は ボンヤリと眺めていた。



        
         『女が居た季節』 短編小説 (4) 『風』
by deracine_anjo | 2005-02-20 15:10 | 『女の居た季節』 短編小説
若い頃は 誰しもが通る季節がある。
俺自身 高校を中退し遠縁のツテで 前から興味があった板前修業の為に老舗の店に今では『死語』になった『丁稚奉公』に入った。
5年間 自分でも真面目にやったと想える季節だった。
そして 持ち前の性格と日本料理だけに飽き足らず フレンチ、イタリアンと渡り歩き 創作料理の様な店を そろそろ持とうかと想った矢先 俺とした事が 悪徳不動産屋にまんまと騙された。
自分の甘さ加減にやり場の無い怒りが爆発して 酒に溺れ身体を壊した。
それでも 『棄てる神あれば拾う拾う神あり』で 贔屓にしてくれていた方から声が掛かり 今のBARを始める事になった。
始めは正直 躊躇いもしたが 自由に遣って構わないと言われ 俺は自分自身は酒を一切絶ち 酒のつまみに 自分が遣りたかった料理を使った店を始めた。
カウンターと壁際にテーブル席が3つ・・・小さな店だが 店内も好きな様に改装し それなりの雰囲気のBARに仕上がった。
飲み屋で料理を期待する客などいないかと想っての不安な船出だったが 想いの他お客さんに喜ばれ 俺は毎朝 築地に行き新鮮な魚や素材を調達して 自宅で料理をして店に持っていく日々が始まった。
バブルの波にも乗っていた時期だったので 10年で返済する予定だった借金を8年足らずで返し 名実共に俺の城になった。



そんな事を久し振りに思い出しながら 金目の煮付けを作りながら ふと 女の事を思い出した。
何十年と客商売をやって来た俺だが とんと女の正体が想像できない。
あの日以来 店には来てない。もう2週間くらい経つ。
今夜位 ふらりと来るかも知れないな・・・なんて考えた途端 思わず苦笑いをしてしまう。
俺は待っているのだろうか・・・。
俺も人並みに一度結婚している。子供は出来なかったが それなりに家庭の穏やかさを知った。けれど 店の事で失敗した俺は 荒れに荒れて 結局 離婚した。
今にして想えば 元女房には悪い事をした。
風の噂で 再婚して幸せに暮らしていると聞いて 本当に良かったと想った。
一通り今夜の下ごしらえが終わり 俺は いつもの様に コーヒーを飲みに出掛けた。
どうも 今日は色々な事を 考える日の様だ・・・と ひとり呟きながら。



月末と言うことも有って 久し振りに店は忙しかった。
こういう時は 誰か女の子の一人でも雇っておけば・・・と思うのだが 如何せん以前のゴタゴタを思い出すと 二の足を踏む。
それに こんなに忙しい日は それ程無いのだから・・・これからも 気楽に一人で遣っていく方がいい。
漸く一区切り付いた時 女は本当にやってきた。
前と同じ様に 其処が自分の指定席だとでも言うように 静かにカウンターに座り
『今晩は。バーボンを御願いする前に コーヒーも御願いして構わないかしら?それに 今夜のお勧めも・・・』
『いらっしゃいませ。かしこまりました・・・と言いたい所ですが 若いお嬢さんには 余りお気に召すかどうか・・・今夜は 金目鯛の煮付けと長芋の白煮なんですが・・・』
『マスター、若いお嬢さんは チョッと無理があるわ。それに 充分 嬉しいメニュー・・・御願いします。』
呆れるほどの爽やかな風が吹く。
相変わらず自分の空間を楽しむ様に バーボンを飲み 美味しそうに料理に箸をつける。
不思議な女だ。
そうこうしてると 又 一陣の団体が店に遣ってきて 俺は一人バタバタとしていた。
そして ふと気が付くと 女はカウンターの中で 洗い物をしたりグラスや氷を用意したりしてくれていた。



客の一人が 『やっと マスター・・・女の子 雇ったんだ。』
俺が答えるより先に
『いらっしゃいませ。今日から お世話になります 美玲と申します。宜しくお願い致します。』
『美人がいると 華やかでいいね~~マスター。』
俺は 口を挟む機会を逃した。

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       『女の居た季節』 短編小説 (3) 『申し出』


 
by deracine_anjo | 2005-02-19 15:23 | 『女の居た季節』 短編小説
始めから 今夜は期待していなかったが 案の定 定連が2組流れて来た
だけで それ以後 パッタリと客足は途絶えた。
所在無く俺は 自前のコーヒーを入れて飲みながら (今夜は早仕舞いするかな・・・)なんて事を ボンヤリ考えながらお気に入りのjazzのCDを取り替えている時に フラリと女はやって来た。
細めにドアを開け 『1人だけど 構いません?』・・・昼間見た女だと 直ぐには 気が付かなかったが 『閑古鳥が鳴いてますから 大歓迎ですよ。』と答えた瞬間 (あっ!!)と想った。
スルリとドアから入ってきた時 風が吹いたのかと想った感覚が あの店から出て行くときと同じ風だったからだ。
定連の様に カウンターに静かに座り 
『バーボンをロックで・・・ダブルにして下さいます?でも その前に そのコーヒーも頂けるかしら?』
悪戯っ子の様に微笑みながら 告げる彼女は もう長年 知り合いの様な気持ちにさせてしまう 穏やかさを身に纏っていた。
『ええ 構いませんよ。少々 お待ち下さい。』
長年 この世界で生きてきた俺だが 彼女が何者なのか 検討が付かなかった。
水商売で生きてきた感じではない。かといって 主婦でもなさそうだし・・・スキルのある・・・と此処まで考えて 止めることにした。
俺の店に来れば 何者だろうと 『店のお客様』をモットーにしている俺の意志に反する。
そんな事を考えながら コーヒーを淹れていると 『ふふっ・・・』と 女が笑った。
俺はきっと 間抜けな顔をして女を見つめたんだと想う。
『今 考えていた事を 当ててみましょうか?・・・この 女 何者だ?じゃありません?
そして 考えるのを 止めた・・・間違っていたら ごめんなさいね。』



『不愉快な思いをさせてしまいましたら 申し訳ありません。』俺は まるで素人だった。
『全然 不愉快ではありませんから お気に為さらないで・・・。それにしても 美味しいコーヒー。あっ!私 今日一日 殆んど何も食べていないんです。何か少し お腹が喜ぶ物あります?』
見透かされてしまった俺は 何故か救われた様に
『鯛とサーモンのカルパッチョか豆腐ステーキなんかが 出来ますが。』 
と バーボンを作りながら 答えた。
『じゃあ 両方 お願いできます?ゆっくり 飲んでいますから・・・』
細身の煙草を口に銜えた動作を見た瞬間に ライターで火を点け様とした俺に 即座に女は 頭を振り
『男の方に 煙草に火を点けて貰うなんて・・・・気にしないでくださいな。』 
俺とした事が 完全に 女のペースに嵌りかけていた。
不思議な女だ・・・・。
兎に角 俺は手際よく 料理を作って カウンターに並べた。
女は嬉しそうに 箸をとり一口 口に入れた瞬間 感嘆の声を出した。
『なんて 美味しいの!!何処かで お料理を?』
『ありがとうございます。ええ 昔・・・少しだけ。』
『感激だわ!!宜しければ 何か飲んで 下さらない?』
『ありがとうございます。でも 残念ながら こんな商売をしているのに 飲めないんです。お心だけ 頂戴致します。』
『そう・・・それは 残念。では 私がもう一杯 頂くわ。』
ニッコリと微笑みながら 女は 空になったグラスをよこした。



不思議な時間が流れていると 思い掛けなく 又 定連客が 三組 次から次へとやって来た。客達は 一瞬 カウンターにひとり居る女に 驚きの表情を見せたが 女は相変わらず自分のペースで 時間と酒を楽しんでいた。
そして 俺が一通りお客の対応が終わった時点で 微笑みながら
『計算してくださいます?』




そして 又 風の様に 静かに去っていった・・・・・。
もう 逢えないのだろうか・・・ふと 俺の心に 不思議な感情が生まれていた。

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        『女が居た季節』 短編小説 (2) 『バーボン』
by deracine_anjo | 2005-02-18 08:57 | 『女の居た季節』 短編小説
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その女と始めて出合ったのは 店に入る前のホンのひと時 自分に与えるささやかな自分自身を開放する時間の最中だった。
夜の帳が降りる頃には 俺は小さいながらもBARのマスターとしての顔に 変わらなければならない。この商売が嫌いな訳ではないけれど 時々 もうそろそろ 朝陽と共に目覚め 夜になると眠る・・・そんな生活も悪くないな・・・・と思う時がある。
けれど 現実問題として 生きていく為には 酔っ払い相手に日々を暮らしていく・・・・今少しそんな生活を続けていかなければ 成らないだろう。
それ故に 少しの間 気に入った店で 気に入った音楽を聴きながら 気に入ったコーヒーを飲み ボンヤリと過ごすこの時間が いつの間にか日課になっていた。
その日も そうして 読みかけの本を片手に その店に訪れ 気ままな時間を過ごしていた。



一瞬 何があったのだろうと 俺は本から眼を上げた。
俺の席から 3つ離れた奥のテーブルで 何か乾いた音がしたのだった。
店内には それ程 多くの客が入っていた訳ではなかったので その乾いた音の方角に 他の客達も いっせいに目を向けた。
次の瞬間 そのテーブルに居た1人の女性は 何かを連れの女性に告げ そのまま去っていった。残された女は 何事も無かった様に 細身の煙草に火を付けて 遠くを見つめていた。
男が絡んだトラブルだろう・・・・。
水商売をしていると そういう感覚だけは 妙に当たる様になる。
というより 人間の昼の顔と夜の顔・・・表と裏が 否応なしに 自分の身体と心に染み付いて感じてしまう様になる。
淋しくもあり 面白い所でもある。
暫くして 女は伝票を手に 俺のテーブルの脇を通り抜け 出口へと向かった。
何気なく俺は彼女を 観察していた。
中肉中背・・・いや・・・少し 痩せ気味かな?
涼しげな目元をした中々の美人だ。叩かれたであろう頬が まだ 少し赤みを帯びていた。
身なりも悪くない。
レジで話す言葉使いも声も 少し乾いた感じで 都会的な雰囲気だ。
『お騒がせしてすみませんでした。』・・・ふん・・・常識も心得ている様だ。
逆に恐縮した店のアルバイターのオロオロした姿が 情けない。
女は 静かに 店を後にした。



俺は一旦 自宅のマンションに戻り シャワーを浴び 今夜の為に用意したつまみの数品を鍋に入れたまま 店へと車を走らせた。
今日は 月中・・・まして 木曜日。客は 余り 期待できないが このご時問勢 女の子を雇うゆとりも無くなった俺の店は 全てを俺が1人で遣らなければならない。
一時期は 数人の女の子も使っていたが これも 案外めんどくさい事が 次から次へと起こる。段々 それにも嫌気が差して 俺1人の色気の無い店になってしまったが 定連さんが付いていてくれるお陰で 細々だが もう 20年近く店を遣ってきた。



店に着いた俺は こもった空気を全て吐き出す様に ドアを開け放った。
隣の店のマスターと 二言三言言葉を交わし 開店準備に取り掛かった・・・・。



そして  その夜・・・その女と 二度目の再会をした。



       『女の居た季節』 短編小説 第一章 『出会い』
by deracine_anjo | 2005-02-16 06:25 | 『女の居た季節』 短編小説