『名も無き 雑草。・・そして 此処に おります♪』 


by deracine_anjo
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カテゴリ:『微睡みの中で』  短編小説( 10 )

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朱美は 新幹線ホームで私達の姿を見つけた途端 まるで 子供の頃に
戻った様に 溢れる涙を拭おうともせず 駆け出してきた。
事前にある程度の事は 話しておいたにも拘らず・・・まして 一人前の
心療内科医が ただの 幼い妹に戻って仕舞った様だ。
私を抱きしめ 嗚咽を殺しながら首筋に感じる 朱美の涙が暖かかった。
そんな私達を 怪訝そうに見つめる人達の目から さりげなく二人の男性が 旧知の友人の様に 優しく守ってくれていた。
『朱美・・・・そんなに 泣かないで。お姉ちゃん 今 とても幸せだから。』
それでも 泣きじゃくる朱美の肩に そっと孝則さんが大きな手をあて
『朱美。君がそんな事でどうするんだ。しっかり お義姉さんを支えなければ いけない筈だよ。
お二人とも お疲れだから 早く 我が家に 来て頂こう。』
私を見つめ 小さく頷いた義弟の優しさ・・・そして朱美に対する愛情は 
昔と少しも変わっていない。
私は ニッコリと微笑み 藤堂を振り返った。
其処には やはり 私を包み込む穏やかな瞳があった。




概に 孝則さんのお父様は他界されてはいたが お義母様はお元気で 
とても 私達を歓迎してくれた。もう 御高齢の方なのだから 私の事は
言ってはいけないと 堅く朱美には言い渡しておいたので 結婚の報告に
来たと思われて それはたいそうな歓迎をして下さった。
朱美の幸せそうな家庭を 見ることが出来て 私は もう充分だった。
学校から戻ってきた子供達も 利発で聡明そうな子供達・・・。
私は お義母様にも 孝則さんにも 心の中で 感謝した。
その想いが 伝わったかな様に 孝則さんの私を見詰める瞳が
(朱美さんの事は 僕が絶対に守ります。お義姉さんも 藤堂さんとしっかり幸せになって下さい。)
そう・・・・伝えている様だった。
後日 その話を 藤堂とした時に 藤堂も同じ様に感じたと 私に言っていた。
男性二人は お酒を酌み交わし 仕事の事や他愛の無い世間話を真夜中まで語り尽きないといった感じで過ごしているので 私達は 早々に 二人っきりになった。




あらましの私の状態を 聞く明美は 少し落ち着きを取り戻し 時として医者としての知識や意見も語り 私も 姉ではなく 一人の人間として 大きく成長した妹を誇らしく思いながら朱美の言葉を 一つ一つ残らず 覚えておこうと思った。
朱美からの『プレゼント』・・・だと 思った。
私は 本当に 幸せだった・・・・。
翌日は 私が疲れない程度の 市内観光を 病院は臨時休業させ 子供達も学校を休ませ お義母様も・・・・と 皆で過ごした。
京都なんて 何年振りだろう・・・。
丁度 紅葉の季節だったので 観光客で京都の街は 活気に溢れていた。
時折 孝則さんと朱美が 私の状態を さりげなく診てくれていたが 
私自身は病気の事など忘れてしまった様に このひと時を 全て 心に刻んでおこうと楽しんだ。
一緒にいる藤堂も 嬉しそうにいつも 微笑んで私の側に 居てくれた。




二泊3日の朱美達との時間も 後 もう10分足らずで新幹線がホームに入ってくるという瞬間に 又しても朱美の顔が ゆがんだ。
しかし その時 肩を抱きしめていた孝則さんの手が 軽くだが 朱美を勇気付けた。
真っ直ぐに私を見つめ そして 微笑んだ。
私も 孝則さんに心の中で 『ありがとう。朱美を宜しく御願いします。』と語り 朱美に微笑み返した。




京都から戻った後も 私の体調は安定しており 静かな時間が流れていた。
藤堂は勿論だが 朱美も毎日の様に電話を よこして来る。
その度に
『急に何も変わらないから 安心して。』電話口で 私は 同じ言葉を微笑みながら繰り返していた。
無理に安心させようと思って言っている訳ではなく 自分でも穏やかな時間が このまま続く様な気がしていた。




年が明けても それ程大きな変化も無く もう直ぐ 桜の季節が遣ってくる頃・・・・
少しづつ 私の体力が 衰えはじめてきていた。
藤堂と相談して 気分のいい暖かな日に 葉山の方に行こうと話し合い 
体調の良い時には 少しづつ 身辺整理を始めた。
藤堂と結婚してから 毎日 藤堂と朱美に宛てて 日記を書き続けていた。
沢山の愛情と安らぎを与えてくれた藤堂へ。
そして 私の大切な妹・・・へ。
伝えきれない言葉を 少しづつ 書き溜めて行った・・・・。




暖かな午後・・・・
机に向かって やはり 藤堂に宛てて日記を書いているうちに 
私は 穏やかな光に包まれていた・・・・。




微睡みの中で・・・・・私は 微笑んでいた・・・・・。



            『微睡み(まどろみ)の中で』  短編小説 最終章
by deracine_anjo | 2004-10-05 20:27 | 『微睡みの中で』  短編小説
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まず 会社に 辞表届けを提出した。
一様に 周りは驚いていたが 心の中は・・・・考える時間は 私にはない。
取り合えず 引継ぎ等の事もあり 一ヶ月後の退社という事で 円満に事は運んだ。
次に私は 朱美に逢いに行くことにした。
その事を 藤堂に告げると 彼は翌日 婚姻届を持って マンションに訪ねてきた。
呆れ顔の私に 静かな声で 私に告げた。




『陽子。君は 妹さんにチャンと 真実を告げなければいけないよ。
その為にも 僕と結婚して 僕が側に居て君を守ると言う事を聞かせて 
安心させて上げなければいけない。君は 一人では無いんだよ。』
『でも・・・・私は 貴方のお荷物になるだけです。これから先 貴方にだけは 私が醜くなっていく姿を 見せたくはないのです。
お心だけで 私は・・・・』
私は 言葉に詰まり・・・溢れる涙が ココロを 言葉を 失っていた。
(泣き顔も 見せてはならないのに・・・私は なんて 弱虫なんだろう。)
藤堂は そんな私の姿を 見つめながら
『陽子 君は 大きな勘違いをしているよ。私は 君よりも年齢的にも 
人生の先輩としても そして 誰よりも君を愛している男だよ。
君の聡明で若く美しさだけに 心を 奪われた訳じゃない。君の全てを 愛しているんだよ。
君の哀しみや苦しみを 私にも分けてはくれないだろうか・・・・
もう 心の壁を全て取り外して 私の胸に 飛び込んできては くれないだろうか。
そして 私に 君の残りの時間を 全てくれないだろうか。』




涙に滲んだ瞳で 藤堂の瞳を見つめた私は・・・・・言葉を 失ってしまった。
藤堂の瞳が  深い藍色した湖の様に静かな静寂の中 泣いていた。




マンションを売却する手続きや 藤堂に言われて 『セカンド・オピニオン』
の診療を受けたりして 日々は 瞬く間に 過ぎて行った。
少しづつではあるが 体力が 衰えてきているのも感じていた。
残念ながら 違う病院での結果も 同じだった。
一番落胆したのは 私ではなく 藤堂だった。
一縷の望みを 藤堂は 持っていてくれたのだ。
無事 退社した後 私は 藤堂と暮らし始めていた。
都会での生活に 疲れた場合の時は 藤堂が持っている葉山の別荘に
移り住むと言う事で 藤堂は 忙しい仕事の合間を縫って 適切なドクターとヘルパーさん等の手配も 済ませてくれていた。




朱美に連絡をし 逢いに行くと 連絡した日の翌日
私達は 婚姻届を 区役所に 提出した。



晴れ渡った  秋の気配がする 午後だった。

 
         『微睡みの中で』  短編小説 (9) 『Serenade』
by deracine_anjo | 2004-10-04 13:46 | 『微睡みの中で』  短編小説
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一歩 一歩 私に近づいてきた藤堂は ひと目も憚らず 私を 抱きしめた。
冷静 沈着の藤堂の性格からして 私は一瞬驚いたが 
そのまま暫くの間 彼の腕の中にいることを 受け入れていた。
彼の 温もりが 私の ココロを 癒してくれいた。
けれど 私は 部屋に招いた事により 大きな失敗を 犯してしまった。



『今 着替えて お茶の用意をしますから ソファーでお休みになっていてください。』
慌てて 着替えを済まし リビングに入った途端 私の目に飛び込んできたものは 余りにも 淋しげな窓際に立つ 藤堂の後姿と 不覚にも リビングテーブルに置かれた私の病気に関する インターネットで調べた資料のファイルだった。
努めて明るく私は 藤堂の後ろ姿に
『お車ですから お飲み物は コーヒーで構いませんかしら?』
振り向いた藤堂の深い瞳が 私を捉えて放さない。
けれど 次の瞬間 彼は はにかんだ様に微笑み 
『エスプレッソで御願いできるかな?』・・・・愛おしい声で 答えた。




暫くの間  私達の空間を埋める様に 静かに お気に入りにJAZZが
流れ・・・・この世には 二人きりしか居ない様な 錯覚に陥りそうになった。
そして 藤堂は おもむろに テーブルの上に 小さな  箱を  置いた。
そして・・・・
『君には 長い間 待たせてしまう結果になったが 漸く 全てが解決した。
妻が 離婚に承諾してくれた。再婚するらしい・・・子供達は 奪われてしまうが 逢わせては貰えそうだよ。
僕は 今夜 陽子にプロポーズをしにきた。』
戸惑う私の手を取り 箱から 『リング』 を取り出し 私の薬指にはめた。




言葉を捜している私に 藤堂は 静かに呟いた。




『陽子 君が 新しい恋人が出来て 僕と別れたいというのなら 君は 僕にキチンという筈の女性だ。僕自身も 辛いが 諦めようと 努力もする。
けれど 君は 黙って 僕の前から 姿を消そうと考えていたね。
それだけは 無理だよ。
僕が 君の最期を 看取るから 安心して 全てを 僕に預けて欲しい。
NO!は 許さないよ。
僕は 地の果てまででも 君を 探すよ。分かったね!!』 




頬を伝う涙を  私は  止める事が  出来ないまま
藤堂の言葉を  静かに  受け止めていた・・・・・。





『これが  神様が 最期に 私に与えてくれた プレゼントなのだろうか・・・』


 
         
         『微睡みの中で』  短編小説 (8) 『RING』
by deracine_anjo | 2004-10-04 04:52 | 『微睡みの中で』  短編小説
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『雪線・・・真夏でも 雪が消えない高さの地点を連ねた線』




ふと そんな言葉が 頭を過ぎる数日間を過ごした私は 漸く 改めて担当医と『残された時間+今後』について 詳細に聴き これからの私の体の変化や対処について説明を受け 考えなければいけない事が山積している 現実と戦わなければいけないと 心の整理をつけることが出来た。
そして それを 完璧とまでには到らなくても 処理しなければ 社会的にも人間的にも 『責任と義務』を果たすという事には成らないのだと 少し落ち着きを取り戻した思考回路の中で 私は動き始めた。




今日まで 自分でも これ程までに 弱い人間だとは思いたくはなかったのだけれど 正直 心の何処かで 『認めたくない』という せめぎ合いの中 逃げている私が存在していた。
けれど・・・少しだけ 冷静さを取り戻した私は 自分自身を奮い立たせ 『結末が見えた時間を どう生きるか』・・・その事だけに 心を注ぎ込む事に 何とか 漕ぎ着ける事が出来た。
それは ある意味で 『孤独』 との 戦いでもあった。
でも 私は 負けたくは なかった・・・・。
突然 何の予告も無く 全てを奪われた両親達の無念さに比べれば 私には もう少しだけ 『時間』があるのだから。
心の中 そう 何度も 呟きながら・・・。




病院での説明を 改めて聞いたその日は そのまま 会社には休暇届けを入れ 久し振りに両親達と共に 暮らした あの街へと 足が自然と向かっていた。
何十年振りだろう・・・・。
もう 私達が住んでいた家はない。けれど・・・・何かに 導かれる様に 私は 昔住みなれた駅に降り立っていた。
駅からの街並みは 随分と変貌を遂げていたが それでも そこかしこに 想い出が 顔を覗かせて 私の心を 自然と癒してくれる。
私を包む 風さえも・・・。
(あっ この角を曲がると お豆腐屋さんがあったっけ・・・もう ないのかしら?)
独り言を呟き 記憶の糸を手繰る様に 歩く街並みは 私を 優しく受け入れてくれていた。

記憶通りのお豆腐屋さんは・・・・今も あった。




少し疲れた身体を引きずるようにして タクシーから降り立った私は マンション脇に見慣れた車を 見つけた。
あの日 別れて以来 私は 藤堂を避けていた。
たかだか 3年の年月だったが 私の中で 彼の存在は 『片羽』 だった。
彼の今の立場が無ければ 私はもっと 脆く 彼にすがり付いていたかもしれない。
辛うじて 私を踏み止まらせていた壁が 車の脇で 立つ藤堂の姿を見た瞬間に 『崩れるかもしれない・・・・』 私は 自然と強く唇を噛み締めていた。




私を 捕らえて放さない瞳が 一歩一歩 近づくのを見つめながら・・・・・心の中で 呟いていた。



『ここに来ては いけない。』・・・・と。


            『微睡みの中で』 短編小説 (7) 『雪線』


             
by deracine_anjo | 2004-10-02 23:20 | 『微睡みの中で』  短編小説
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余命の告知を受けたその足で 私は何時もの様に会社に向かい 時間に追われる様にしてデスクにむかっていた。
仕事に逃げている訳では 無かった。只 当たり前の日々の繰り返しの中で起こった現実に向き合うのに 何故か 足は 会社に向かってしまっただけの事。
思わず独り 苦笑してしまう。
フト 少し溜まっていた仕事が一段落付いた時 心に浮かんだ事は 妹の朱美の事だった・・・・。




17年前・・・・両親と祖母を事故で失って 心を閉ざした朱美。
私は 卒論と就職活動以外は出来るだけ 家に居て 朱美と過ごした。
投薬治療は極力抑えて貰って 心の痛みを一緒に乗り越える様に努めた。私自身の哀しみを癒す為でもあった。
もう この世に 二人っきりになった私達は お互いの心の痛みを分かち合い 認め合い 許し合い・・・・少しづつ 歩き始めた。
そして 3年後に 朱美は 見事 医大に入学した。あの時ほど 幸せな季節は 無かった。朱美は 『心療内科』を選択するまでに 大きく成長してくれていた。持ち前の明るさを取り戻した朱美は 眩しいほど輝いていた。
朱美の夫である孝則さんは 2年先輩だった。勿論 朱美の事を周りが呆れるほど 大切にしてくれていた。ご実家を継ぐという話しが出た時も 一番に朱美の気持ちを確かめ 何度も話し合ってくれたそうだ。
そして 朱美自身が 彼について行きたいと 私に打ち明けた。反対する理由など ある訳がない。もう あれから 何年たったのだろう・・・・。
2児の母になり 妻として 医者として 頑張っている自慢の妹。
もう 何も私が 心配する事は ないだろう・・・・。
例え 私が・・・・・。




『長谷部部長 3番にお電話です。』
私の思考は 一瞬にして 現実に引き戻された。
『お待たせ致しました。長谷部ですが・・・・』




結局 その日も 帰宅したのは10時を回っていた。
クタクタに疲れた身体を ソファーに投げ出し 随分長い間 そうしていたのだろう。痺れを切らしたレオンが 小さく 鳴いた。
『あっ!ごめんね。ただいまも言ってなかったわね。』
レオンを抱き上げながら ふと電話機に目を遣ると 留守番電話には 藤堂からのメッセージが 数回入っていた。 
そのメッセージを何度も繰り返し ボンヤリと聞いていた私は 初めて  声を出して 泣いた・・・・。
もう この声も あの温もりも あの微笑みも・・・全て 手の届かない所に行ってしまう。
この身体も 朽ち果ててしまう・・・たった38年間で。 




レオンが身悶えして 私の腕から 飛び降りた・・・・


             『微睡みの中で』 短編小説 (6) 『妹』
by deracine_anjo | 2004-10-01 08:53 | 『微睡みの中で』  短編小説
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ホテルのrest roomで メイクを少し明るめに直して 5分前にいつもの
ラウンジに入ると 顔見知りのボーイが 穏やかな微笑で
『もう 藤堂様はお待ちです』・・・と 私を 彼の元に案内してくれた。
カウンターで お気に入りのバーボンを飲みながら バーテンダーと談笑していた彼は 静かに私を振り返り 
『お忙しいお姫様の 登場だね。』・・・と にこやかに言葉を告げた途端
一瞬 私にしか 分からない 厳しい顔をした。
(この人に 私は 何処まで 嘘を付き通せるだろう・・・・)一瞬だが 私は そう思った。
何故 その時 私が そう思ったのか 今 この私の命のろうそくが消え様としている瞬間でも説明は 出来ない。『本能』・・・だったのだろうか。




『お待たせ致しましたか?』
私は 微笑みながら 彼の側に座り カクテルを 頼んだ。
『いや 僕も少し前に 来た所だ。彼から 面白い話を聞かせて貰って これは 又 仕事に生かせると ほくそ笑んでいた所だよ』・・・・バーテンダーに 華を持たせ 微笑む彼の横顔は 端正な顔立ちの中に 戦い抜いてきた自信と言葉では言い表せない 哀しみを いつもの様に漂わせていた。
そう・・・彼は 中堅だが 広告業界では 一目置かれた存在の人間だった。
何かのレセプションで 通り一偏等の名刺交換をした後 何故か 彼の哀しみが 私のアンテナに触れた。
それは 10数年前の妹・・・朱美に似た 『心』の痛みだった。




ホテルから それ程 離れていない静かな料亭で 食事をしながら 藤堂は少しだけ不機嫌だった。
『何か ありましたの?』
そう言った途端 心を全て見透かされるような深い慈愛の瞳で 私を見詰め
『何か あったのは 貴方じゃないのかい?今回も 僕には 相談しないつもりなのかい?』
この3年の間 私は 彼の前で 泣き言を言った事はない。
可愛げのない女だと 自分でも思う時があるけれど 今の彼に 私の重荷を背負わせたくないと いつも 思っていた事は 確かだ。
でも 彼には それが 淋しくもあり 歯がゆさでも在る事も 分かっていた。
『その傷は?』
まだ 包帯を巻かれたままの私の手を見ながら 彼は 優しく呟いた。
『先日 火傷を・・・案外 自分で思ったよりもデリケートに出来ていたみたいで 傷が残らないように まだ 病院に掛かっていますの。丁度 一つ 大きなプロジェクトの目途がついて 1人乾杯していて 火傷を・・・・でも 大丈夫です。』
少し 遠くを見つめる様に 藤堂は杯を飲み干し 
『ホテルに戻ろう』・・・・と 呟いた。




心なしか 少し眉間に皺を寄せ規則正しい寝息を立てている藤堂の腕から そっと離れ 私はバスルームで 今しがたまで藤堂に愛でられた身体を ゆっくりと湯船に沈めながら 泣いていた。
何故 涙が 溢れて来るのか 私自身 分からなかった。
けれど 私の中で 起こっている何かが 藤堂との別れを予感させていたのかもしれない・・・。
今 愛された この肩も この乳房も・・・・もう 私の意志では・・・・・
そう 思いながら 密やかに頬を伝う涙。




『陽子!!』・・・バスルームに  眠っていた筈の藤堂が飛び込んできて 私を 抱きしめていた。


           
        『微睡みの中で』  短編小説 (5) 『抱擁』
by deracine_anjo | 2004-09-30 04:48 | 『微睡みの中で』  短編小説
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人の心とは 何と危うく傷付きやすいものかと 朱美の診療に付き合う事で 私自身が改めて 多くの事を 学んだ。
朱美は 明るい性格で友人も多く 今時の高校生ライフを満喫している様に見えていた。
しかし 朱美の心には いつも 『淋しさ』が居座っていたのであった。
それだけ 私よりも遥かに純粋だったのである。
中学2年の時に 『親友』を 『白血病』で失った時から 朱美は医者に成る事を目指した。
普通のサラリーマンの家庭で 医学部を受験させるなどと言う事は どう考えても 無理だったが 朱美は『国立大』を狙うと言う事で 猛勉強を始めた。
とはいえ 家族が腫れ物の様に 朱美を扱ったりはしなかった。
そして 朱美も又 SMAPだ何だと言っては ライブに行ったり ある日突然 ピアスを空けてきたり。。。と 普通の女子高校生でもあった。
ピアスを開けてきた時には これは初めて 父が雷を落とすかな?と 私が少々 脅えていたにも拘らず 父母の反応は 今思い出しても 思わず笑ってしまいそうなものだった。




『ピアス 開けて来ちゃった。』 
多少の 雷は落ちる事を覚悟していた朱美は まず 私に告げた。
『え~~~朱美 パパ達 悲しがるわよ。何て言うつもりなの?』
『やっぱり マズかったかな~~~。友達と原宿歩いてたら ふらふら~~~と。お姉ちゃん助けてよ。パパが雷落としたら・・・・』
『まったく こんな時だけ 私に頼むんだから・・・。』
苦笑いしながら 階下からの母の夕食が出来たと言う声に 互いの顔を見詰め合い コツンと頭を叩いて 私は 微笑んだ。
『行きましょ。大丈夫よ。』
大袈裟に両手を合わせて ペコリと頭を下げる朱美が可愛かった。
しかし 朱美の本当の気持ちには 気付いてはあげれなかった・・・・。




食卓には 帰宅したばかりの父も もう着替えをして にこやかに祖母と談笑していた。
母は 時折 口を挟む程度で 食事を食卓に並べていた。
『パパ お帰りなさい。ママ 私も手伝うよ。』先手必勝・・・とばかりに 朱美は ママのご機嫌取りから始めた。
『ありがとう。でも もう用意は終わったから お席に着いて構わないわよ。』
席に着いて 食事を始めた所で 朱美はワザと髪をかき上げた。
何気にその仕草を見ていた母が
『朱美ちゃん それ・・どうしたの?ピアスなの?』
素っ頓狂な声を上げた為に 一同がいっせいに朱美の耳元に 集中した。
『ごめんなさい。開けちゃった。』
『あら・・・ママに良く見せて・・・・痛くなかったの?』
席から立ち上がり 母は 朱美の耳元を確かめて 大らかな性格と言うのか
『あら・・・可愛いピアスね。ママも開けたくなっちゃった。どこで遣ったの?陽子も一緒にお揃いで遣らない?』
祖母はチョッと不機嫌になり・・・『親から貰った身体にキズを付けて!!』と怒って 無口になった。
そして 父は・・・・
『高校生でピアスを開けるのは 賛成出来んが 何よりも キチンと消毒とかして キズに成らない様にするんだぞ。』
呆気に取られるほど 何事も無かった様にその話は それで終わった。




決して 父は放任主義でも子供の好き放題にさせるといった気持ちで 私達を育ててきた訳ではなかった。父の考え方は
『自分の責任で取れる事なら 何をしても構わない。但し 責任を取れないと思う事は 絶対にしては成らない。人様に迷惑をかける様な人間にだけは成るな。相手の痛みを 分かる人に成って欲しい。』
それが 口癖だった。だから 私達は 殆んど怒られた記憶はない。
しかし あの時 朱美は 怒って欲しかったのだった。
怒って貰いたくて ピアスを開けたのだ。
しかし その気持ちには 誰も気が付いては 上げられなかった。




姉妹と言うものは 色んな形で 周りからも比較されたりするものである。
それが 時として プレッシャーになったり 屈折した形で心が表れる事がある。
私自身の事を考えても 朱美の明るい豊かな感受性に 時として 嫉妬もした事がある。
逆もあって 当然だと思う・・・・。
でも 互いの長所と短所を認め合い ある時はライバルとして ある時は友人として 私達は仲良く暮らしていたつもりだった。
けれど・・・・朱美は それでも 『淋しかった』のである。
もっと かまって欲しかったのだった。
そう・・・甘えたかったのであった・・・・家族 みんなに。



そして・・・・あの日・・・・
父達との最期の別れの日になってしまったあの日に・・・・
自分が 受験勉強の疲れからうたた寝をしてしまい 見送れなかった事を 責めたのだった。



自分を 痛めつけるようにして・・・・・。


           『微睡みの中で』 短編小説 (4) 『凍えた心』
by deracine_anjo | 2004-09-29 04:22 | 『微睡みの中で』  短編小説
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あれは 私が大学3年の時の事だった。
私の家庭は 本当に 平凡を絵に描いた様な 静かで穏やかな日々を大切に生きてきた家族だった。
サラリーマンの父 専業主婦の母 父の祖母 私に 高校3年 受験を控えた妹の5人家族。祖母は 80歳にして 矍鑠としていて 近所の老人会に 毎日顔を出すのが 日課だった。
休日には 母と祖母の三人で 出掛けては 下手な写真を撮るのが趣味の父。
俳句を嗜むのが 趣味の祖母・・・
それを 嬉しそうに 見守る母。
娘達は それぞれに 友達との付き合いやサークル そして受験を控えていた為 段々と別行動に成ってしまっていたが それでも 出来るだけ 夕食時には 皆で揃ってテーブルを囲み その日の事を 皆それぞれに 話している。
案外 誰も 相手の話など 聴いてはいなかったのかもしれないが 誰が決めた訳でもないのに そんな日々の繰り返しが いつまでも 続くと想っていた。




『紅葉』の季節だった。
早朝から 母はいつもの様に お弁当を作り 私達の朝食の用意をして 三人は出掛けて行った。
寝ぼけた儘 パジャマ姿の私が 三人を送り出したのが・・・・最期の別れになった。
『いってらっしゃい。パパ 車の運転 気を付けてね!サンデードライバー達が 沢山居るんだからね!!おばあちゃま いい俳句 楽しみにしてるからね♪足元だけは 気をつけてね!ママ 朝ごはん ありがと。楽しんできてね~~~。お土産 宜しく♪』
毎回の会話・・・・
『優良ドライバーのパパは 無理はしないから 大丈夫だよ。そんな姿で 女の子がウロウロしてるんじゃないぞ!!じゃあ 行ってくるよ。』
皆が 微笑あって 別れた・・・・・。




久し振りに 何の予定も入ってなかった私は 部屋の掃除をしたり 勉強の邪魔にならない様に 小さな音でお気に入りのCDを聴きながら もうそろそろ 夕飯の買い物にでも 出掛け様かと思って 時計を見た瞬間だった。
電話のベルが鳴った。
嫌な予感がした。急に 心臓が 早鐘の様に打ち始めた。
受話機を取る手が 何故か震えた・・・今でも あの瞬間 は 覚えている。
中々電話に出ない私を 不信がって 妹の朱美も自分の部屋から 出てきた。
『お姉ちゃん 電話!!』
その声に 私は 背中を押される様にして 受話器を取った。
電話の向こうで 男の人が
『長谷部幸一さんの お宅でしょうか?私 ○○県警の藤堂と申します。
実は 大変申し上げ難い事なのですが・・・・・』
私の身体が ゆらりと 揺れた。
『お姉ちゃん どうしたの!!』 遠くで 朱美の叫ぶ声が聴こえた。




相手は 20台後半の若者4人組。
新車の足慣らしに出掛け 少々 お酒も飲んでいた様だった。
帰宅途中の父の車に 登り斜線を大きくはみ出し 猛スピードで 突っ込んだという事らしい。
父の車は ガードレールを飛び超え 谷底へ転落した。
幸いにも 炎上だけは免れたが 現場を見た私達は 怒りに身体が震えて 涙も出なかった。
後日 相手に面会できるチャンスがあった時 私は周りの人間の目の前で その相手を平手打ちで 殴っていた。
出来る事なら 朱美もそうしたかっただろう・・・・・・。
取り合えず神妙な顔をしていたが 彼の瞳の中に 3人の命を奪ったという後悔と懺悔の気持ちを 見つけることが出来なかったからだ。




滞りなく何とか葬儀を終え 相手方の弁護士との話し合いや細かな雑務に
私は追われ 朱美の心の傷に 気が付かなかった。
正直 余裕が 私自身に 無かった・・・・所詮 21の小娘。
両親の庇護の元 のほほんと生きてきて 突然の嵐に飲み込まれ 朱美の事を思いやる事が 出来なかった。
朱美は 受験に 失敗した。
それよりも ココロの バランスを 崩し始めていた・・・・。
男友達と遊び歩き 真夜中に帰ってくるかと思えば 一日でも二日でも 
部屋に閉じ篭もり 食事もまともに摂らない。みるみる・・・・やせ細っていく朱美を 目の当たりにして 私は嫌がる朱美を連れて 『心療内科』の扉を開けた。




今・・・・自分が 直面した事実に 少しだけ 冷静で居られるのも あの辛さを何とか 乗り越えたからだろう・・・・



でも・・・・私は 彼に 抱かれて 今夜だけは 
何も考えずに 眠りたかった・・・・・。


          『微睡みの中で』 短編小説 (3) 『突然の別れ』

 
by deracine_anjo | 2004-09-28 13:15 | 『微睡みの中で』  短編小説
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あれは  3ヶ月前だった。。。
一つの大きな仕事が 漸く契約にまでこぎつけ 1人 部屋で乾杯し少し 酔っていた。
フラリと身体が 揺れ キッチンで 火傷をしてしまった。
慌てて水で冷やしたが 翌日になっても 腫れが引かず 逆に もっと 酷い状態に成っていた。
私は 仕方なく 会社に連絡をいれ 出社前に 取り合えず近くの病院に行く事にした。
随分待たされた挙句 応急処置と血液検査を受け 明日 又 
ガーゼの取替えに来る様に言われ 少々ウンザリしながら 会社に向かった。
その時まで まさか 私の身体の中で 大きな変化が起きていよう等と 思いもしていなかった。
多少 この所 疲れが翌日まで 持ち越してしまう感じが あったけれど これは 今回のプロジェクトの大変さの所為だと 思っていた。




翌日 消毒をしてもらう為に 仕方なく病院に向かった私は そこで 
思いがけないドクターの言葉を聴く事になった。
『血液検査で 少し気になる点がありますので 紹介状を書きますから
直ぐに そちらに検査に言って下さい。』
嫌な予感がした。
これでも 沢山の部下と人間を見てきた私だ。
ドクターの態度と言葉の中に 何か 私の身体に 重大な問題が見つかったのだと・・・・感じた。
でも・・・まさか 私に 残された時間が 宣告されるとは その時は 思いもしなかった。
人間とは 何と 愚かなのだろう・・・・。
自分自身が 不死身だとでも 思い上がっているのだろうか。
私は 多少不機嫌な気持ちの儘 紹介された大学病院に行く事になった。




それでも まだ 仕事が一段落付いた時でよかった等と 考えていた。
女が 男社会の中で生きていくには 人並み以上の努力が必要だ。
少しでも 気を緩めたら 蹴落とされてしまう。
嫌と言うほど その現実を 私自身が見てきた。
私の年齢で 私のポジションを 気持ちよく想ってない人間が 
どれだけ多くいるのか 日々 痛いほど感じている。
それ故に 私は この病院通いに 腹を立てていた。
あの瞬間まで・・・・




無機質な機械で ありとあらゆる検査を受け 2週間後に 
結果を聞きに来る様に言われ 少々 疲れた私は 
思わず 病院を出た瞬間に 彼に電話をしていた。
短いコール音の後 聞きなれた声が 私を迎えてくれた。
『どうしたんだい?こんな時間に。 珍しいね。』
(そうだ。。。普段 この時間は まだ 会社のデスクで 仕事をしている頃だわ。)
『今日は お休みを取ったの。この後 お忙しい?』
『んっ?ちょと待ってくれ・・・』
受話器の向こうで スケジュールを観ているあのヒトの姿が 見える。
『約束があるけど キャンセルできる。久し振りに 食事をしよう。』
『大切なお約束でしたら 無理なさらないで・・・』
私が 話す言葉を遮る様に
『君と会う方が 大切だよ・・・・では ○○ホテルで6時に・・・いいね。』
私は 嬉しさを 隠して
『はい 承知しました・・・では 後ほど。』




彼と付き合い始めて もう3年になる。
その前から 彼は 奥さんと離婚に向けて話し合いの最中だったが 
中々 奥さんが 判を押してくれない為に 私達は 結局 『不倫』と言う言葉で 言われる関係になってしまった。
後悔は していない。
包容力と決断力 そして 何よりも 一番の私の味方・・・・
『愛していた』・・・・心から。
失いたくない存在だった。




それは・・・・今でも 変わらない・・・・
この身が  朽ち果てると  分かった  今でも・・・・・




ただ・・・・・




           『微睡みの中で』  短編小説 (2) 『火傷』
by deracine_anjo | 2004-09-27 22:27 | 『微睡みの中で』  短編小説
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長谷部 陽子は 自宅の お気に入りのソファーに 深く 身体を横たえ 
窓を伝う雨を 静かに見詰めていた。
もう彼此 こうして 数時間 経っているだろう。。。。
頬を流れた涙も 今は 乾き 少し ココロの 冷静さも 戻ってきていた。
引っ切り無しに 掛かる電話は 全て 留守電に切り替え 静寂の中。。。。。
今日 告知された現実と 向かい合っていた。
こんな時こそ 側にいて欲しい人間。。。。を ふと ココロの中 浮かべたが 誰一人浮かばない。。。
いや 浮かんでいても それは 『甘えにしかならない』と 打ち消していた。
『自分自身』 で 抱えなければ 成らないと。。。



長谷部 陽子  38歳 独身。
大学卒業後 大手商社勤務。 現在 100名余りの部下を持つ 女性管理職。
恋人は。。。。離婚調停中の妻帯者。
都心に近い郊外に マンションを購入 ネコと二人暮らし。
両親は 概に他界。
姉妹は 地方に嫁いだ妹がひとり。
今までは 怖いもの無しの 傍目から観れば 『順風満帆』の 人生。
けれど。。。。それは あくまでも 『他人』。。。。外野席からの 感想。
この時代 世の中 それ程 甘くはない。
けれど 『凛』とした 姿勢を 崩さずに 生きてきた陽子を 妬みも含めて 
『感情の無い女だ』 と 影で 囁かれた来た事も 知っている。
ココロを 許せる 友人の顔を 浮かべようとしても。。。。
正直 浮かばない。
ある意味で 『孤独』 との 戦いの日々でも あった。




そして。。。。今日 それは 残酷にも 『抗えない運命』によって 
余儀なく中断 しなければ成らなくなった。
雨を 見詰め 擦り寄ってきたネコの『リュウ』を 抱きしめながら 自分に言い聞かせた。
『残りの時間を 私は どうやって 生きよう。。。』
残された時間。。。。今日の最終検査結果の診断は
『1年から半年。。。全身に転移した癌細胞の 進行を 抑える手段は 余り期待は出来ないけれど 抗がん剤と放射線治療。』
(インフォームド・コンセント)。。。。患者が 自分の病気に関する医学的処置や治療に先立って それを承諾し選択に必要な情報を医師から受ける権利。
私に与えられた 情報は 余りにも 残酷なものであったが 受け止めなければならない。
そして 進まなければ 成らない。。。




差し当たっての問題から 一つ一つ 考えていかなければ。。。。
仕事の事 この家の事 病院。。。。
そして 彼との事。。。
いえ。。。。その前に もっと 肝心な事が ある。




そう。。。。私に 残された 時間を どう生きるか。。。。


         
          『微睡み(まどろみ)の中で』  短編小説  『告知』
by deracine_anjo | 2004-09-27 13:20 | 『微睡みの中で』  短編小説