『名も無き 雑草。・・そして 此処に おります♪』 


by deracine_anjo
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『影絵』 短編小説 (9) 『旅立ちの時』 』

『影絵』 短編小説 (9) 『旅立ちの時』 』_a0021871_018219.jpg


岡部 優一は 時々 遠くを見つめる様に 話し続けた。
『僕は 一度も 人を 描いた事は ないんです。でも 貴方を 描きたかった。
もし これが 『恋』 と云うものなら 僕は 貴方を 愛しています。
でも だからといって 貴方に どうしてくれと云っているのでは ありません。
兎に角 最後まで 貴方を 描かせて下さい。
出来る限り 早く 完成させますから。。。。僕の勝手な御願いだと解っています。
でも。。。。』
何故 私は 泣いているんだろう。。。。
頬を伝い落ちる 涙が 喜びと哀しみで 心を満たし 止める事が出来ずに
いつまでも いつまでも 流れ溢れた。。。
その涙を 彼の指が 包み込むように そっと拭った。



帰宅した夫は 想像したとおり 不機嫌だった。
でも もう 私自身が 後戻り出来ない処まで この数年間で 追い詰められていた。
事前に 離島に居る母と弟には 相談し 了解を得ていた。
母は 電話の向こうで 泣きながら
『ごめんね。』 と 呟いた。
食卓に着くなり 夫は 私を責めた。普通なら 喜ぶべき事なのに。。。
一通り 夫の言葉を聞き終えた私は
静かに 『離婚届け』 を 差し出した。
これには 些か 夫も 驚いた様で 突然 態度を 軟化した。
それに対して 私は 静かに 告げた。
『貴方には 至らない妻だったかもしれませんが 私なりに 今まで
努力もしてきたつもりですが もう これ以上は 無理なようです。
一度ですが 貴方が面倒を見ていらっしゃる女性が 貴方の子だと云って
赤ちゃんを連れて 訪ねていらっしゃいました。
あの方は 『妻の座』 が 欲しいとも云ってらっしゃいました。
ですから 差し上げます。』
『何を 馬鹿な事を。。。あれは。。。。』
予想だにしていなかった事実を 突きつけられ いつもは冷静な夫が
うろたえ 言葉を 捜し 私を宥め賺そうとしていた。
しかし もう 私の心は 決まっていた。
このお腹の子供は 『私の子供』として 1人で育てる事を。。。
『もう弁護士にも相談してあります。 今後の事は 出来るだけお互いを傷付けない形でお別れしたいと思っております。
ですから この離婚届に サインを御願いします。』 
声を荒げた事のない夫が 始めて 私の頬を 打った。
乾いた音が 冷たい風になって 消えていった。



今となっては 母はこうなる事を 想像していたのかもしれない。。。
林田に病院を継いで貰うに当たって
唯一 断ったのは 『権利』 の事であった。
穏やかに微笑みながら 母は 林田に
『私が生きている間は 名義は このままにして置きます。
私が 亡くなったら その時は 繭子と祐樹に権利を渡しますので。。。。』
野心家の林田が 母の言葉を苦々しく思っていたのは解っていたが
こればかりは どうしようもない事。
しかし 私と 形だけでも 夫婦でいれば いつかは 自分の物になると
我慢していたものが 思わぬ展開になってしまい 取り乱したのだが
結局 全ての権利を お金で清算するという形で 私達の離婚は 成立した。



あの日以来 私は 彼と逢う事が 出来なくなった。
結局 私は 彼の絵を見る事もなく 何とか夫と離婚が成立して 
子供と二人暮らしには 充分すぎるマンションに移り住み  
臨月近くになっていた。
何気なく立ち寄った本屋で 雑誌を買い求め マンションに帰宅して
開いたページに 釘付けに なった。
『国際コンクール グランプリ  日本人初の受賞!』
紛れも無く それは 『岡部 優一』 が 描いた
『愛しき人』。。。。と いう題名の 女性画 だった。。。



お腹の子が 力強くお腹を蹴っているのを 喜びに感じながら
『ありがとう。。。。おめでとうございます。』
ひとり。。。そう 呟いていた。


                『影絵』 短編小説 (9) 『旅立ちの時』 』
by deracine_anjo | 2004-08-27 02:54 | 『影絵』  短編小説