『名も無き 雑草。・・そして 此処に おります♪』 


by deracine_anjo
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『鏡の中の女』 小説 (10)


優子は 数年ぶりに 不思議な環境の中 穏やかな日々を暮らしていた。



優子が 『麗香』として ジョゼを辞めるにあたっては 全て 東郷が 話を付けてくれた。
取り合えず 分かっている事は 麗香の持っていた売り掛け残高は 東郷が肩代わりして 清算し その後 回収した事くらいで 後は 何一つ 知るよしも無い。
『お前さんが 知る必要は無い。』 その言葉の儘に 優子は 従った。
短い間ではあったが 住んでいたマンションを売却し・・・・優子は 東郷の本宅にいた。
売却したお金を 東郷に差し出した時
『鬼に成るつもりなら 甘い!』と 一括 された以外 驚く程に 静かな時間が 流れていた。
マンション最後の引渡しの日 何も無くなったリビングで 業者を待つ間 最初で最後に 優子は 思い切り泣いた。
心の中で 泣くのは 今日限りと決めて・・・。
髪の先から 爪の先まで 全ての部分から 『己の想い』を 一度 排除し そして 今一度 祈りに近い願いを 全身に身に纏った優子は 新しく生き還った様な 面持ちのまま 迎えの車に乗り込み 気が付けば 東郷の本宅に着いていた。



世田谷だとは思えない静かな場所にある東郷の本宅は 影の世界で生きる男が住む家とは思えぬほど 穏やかな雰囲気を醸し出す 佇まいの家だった。
但し 厳重な警備の事を 見なければだが・・・・。
噂には聞いていたが 本妻は 12年前に 亡くなられていた。
元々 身体の弱い方だったらしいが 結局 東郷の力を持ってしても 救う事は出来なかった様だった。
それにもまして 東郷自身 妾宅は幾つも持っているが 本当に心から 奥様を愛していらっしゃったのが 始めて分かったような気がした。
東郷が時間の有る時は いつまでも 仏壇の前で 静かに奥様と語り合う姿は 近寄りがたく それでいて 優しい後姿だった。
奥様が亡くなって以来 後妻をとらなかった想いが 痛いほどに 優子の心にまで 響いてくる。
始めて 『人間 東郷 高徳』 を見た様な 気がしていた。
そして・・・東郷自身も 年齢だけではない 影を持っていた。



本宅に連れてこられた時点で 優子自身の心は覚悟を決めてはいたが 東郷が優子を抱こうとした事はない。
数人のお手伝いの方が 本宅には居たので 優子は東郷の身の回りの世話を言い渡されただけであった。
『茶が飲みたい』・・・と言われれば 茶を点て 花を活け 自宅に居る時は 共に食事をする。
ある時は 本宅に呉服屋を呼び 優子の着物を何枚と買い与え 仕立て上がってきた着物に袖を通した優子を 事の外 喜んでくれる・・・不思議な生活だった。
時々 お手伝いの方に混じって 昔 両親の為に作っていた料理を作ろうものなら 
『優子 この前 作ってくれた料理が 又 食べたい。今夜 作れるか?』
と 朝食時に 尋ねられ
『はい、あのような物で お口に合いますのなら お作り出来ますが・・。』
『それならば 今夜は 早めに帰るので 作っておいてくれ。』
そう告げて 出掛けて行く。
その後姿は 食卓で見せた姿ではない。
戦場に赴く 厳しい姿ではあったが 何故か 優子は 胸が痛んだ。
それは この家に来て 東郷の心に 少しだけ触れた様な気がするからなのかもしれない。



そして・・・言葉通り 東郷の力で 待ちに待った日が 訪れた。
普段通り 夕食を共にして 茶を点て 静かな時間が流れていた時・・・・
東郷から 一枚の写真を 渡された。
『お前さんが 探していた男だ。』



一瞬 時間が止まった。

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              『鏡の中の女』 小説 (10)
by deracine_anjo | 2005-04-21 10:15 | 『鏡の中の女』 小説