『名も無き 雑草。・・そして 此処に おります♪』 


by deracine_anjo
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『鏡の中の女』 小説 (7)


『ほう・・・・聞きしに勝る 名前の如き 華麗さだな。』
『東郷様 それは お褒めのお言葉として 心に頂戴致します。ありがとうございます。』
『ははは・・・私は人に 世辞は使わん。ママ。 ドン・ペリを開けてくれ。この麗香 中々 見込みのある女だぞ。目が気に入った。心に秘めた想いが 静かに焔の如き強さで 生きておる。』
『東郷様 麗香は ジョゼの宝でございますよ。余り 脅かさないで下さいませ。』
にこやかに応対するママの心に 一抹の不安を見抜いた東郷は
『ははは・・・大丈夫じゃ。この麗香は 不義理をする女ではない。そうじゃな、麗香。』
『はい。何も知らない私を 此処まで育てて下さったのは ママや亜矢子さん達ですから・・・』
こうして 男と女 客と夜の世界で生きる人間の 駆け引きが 戯言の様に繰り広げられるが 誰も心の奥底を見せる事はない。
けれど 麗香の運命を変える様な 一言は もう 東郷の眼力によって 見破られていた。
これが 大物と言われる所以である。
東郷の計り知れない力を持ってすれば 麗香の如き小娘の詳細を調べる事など 意図も容易い事だと思える。
それが分かっていて それでも 逢いに来たという事は 其れなりの思惑があっての事だろう。
しかし 今は 成り行きの儘 その流れに乗るしか道は無い。
小一時間 楽しまれた風の東郷様がお帰りに成るというので 外までママとお見送りをする為に 店を出る瞬間 お付の方が麗香に 一枚のメモを そっと渡した。



お店の前には 当然の如く黒塗りの車が待機しており 運転手がドアを開けて待っていた。
この運転手は いつ東郷が出て来ても良い様に 外で待っていたというのか・・・。
私達は何時もよりも 華やかに そして 厳かに 東郷の車を見送った。
周りでは 同じ様に客を送り出しに出てきていた他の店のママ達が 息を呑んでその光景を見つめている視線が 痛いほどに刺さる。
これが 夜の女の戦場の真実だ。
ママは殊更 聞こえよがしに
『麗香ちゃん 東郷様にお気に召して貰えて こんな 素敵な夜はないわ。今夜は お店が引けた後に 私と付き合って頂戴。乾杯しましょうね。亜矢子ちゃんも一緒にね。あら、ママさん 御繁盛の様で 羨ましいですわ。少し うちのお店にも その風が 吹いてきてくれないかしら・・・。
では 失礼します。』
にこやかに 挨拶を交わし 店へと入る後姿に冷たい視線が突き刺さるのを 平然と叩き落していく姿が 幻覚の様に見えた。
そして それとは逆に プライドを否応無しに傷付けられた亜矢子の想いが 麗香には届いていた。
亜矢子はこの世界だけで生きてきた女だ。
当然 パトロンを見つけて自分の店を持ちたいという野心を持っている。
しかし 今のご時勢 そう簡単に思いが叶うほど 甘い世界では無く成っていた。
それを 一番知っているのが 亜矢子自身だろう。
逆に ママはパトロン無しで 此処までのし上がって来た。
対照的な二人だ。
二人の背中を見つめながら いろんな想いが 心の中を 風の様に過ぎる・・・。
けれど 私には そのどちらでもない想いがある。
帯にそっと手を当てて 他の女達の視線を背中に受けながら 偽りの世界へと 戻っていった。



店が引けた後 ママの馴染みの寿司屋で語らいながらも 上機嫌なママとは対照的な亜矢子の姿が 痛々しかった。
勿論 プライドの高い亜矢子は おくびにも見せない様にしていたが ジョゼのナンバー1の地位を失った事もさる事ながら 東郷という人物が 私を指名した事に 当然 傷付いていた。
パトロンにするなら 誰でも 跪くだろう人物だ。
いや 亜矢子だけではない。
このママですら 本心なら 自分がとって代わりたいだろう。
それ以上に もし 東郷が 私のパトロンにでも成れば ママの店など 影が薄れる。
それだけに ママの気持ちは 私を引き止める想いも強いだろう。
それぞれの思惑の中の時間が 私にとっては苦痛だったが これも勤めと割り切るしかない。
早く 一人になりたいと 思いながらも・・・。



独り部屋に戻った私は 帯に入れていたメモ用紙を今一度 見つめ テーブルに置いた。
『明日 6時。赤坂 『割烹 志摩』 のち 同伴     東郷 』
ただ それだけが 書かれてあった。

此処まで来たら 『NO!』 の 選択肢は 無い・・・・。

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             『鏡の中の女』  小説  (7)
by deracine_anjo | 2005-04-16 13:03 | 『鏡の中の女』 小説