『名も無き 雑草。・・そして 此処に おります♪』 


by deracine_anjo
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『寂光の愛・・・生命』  (16)

翌日からも 何が 変わった訳でもなく いや 逆に考えれば もっと厳しい毎日の積み重ねが始まった。
OL時代に比べると 甘えの一欠けらも無い 戦いの日々。
そして 基本を持たない私にとっては 勉強の日々だった。
けれど 自分の中で 何かが少し 変わったような気がしていた。苦しさの中に 喜びも感じられる瞬間があった。それは 不思議な感覚だったが 兎に角 初めて貪欲になって 日々を暮らしていた事だけは 確かだった。
一点を除いては・・・・。
あの夜以来 常務から電話が無かった。
待っている訳ではないが ふと 一人の部屋で 少しゆったりとした時間を過ごしていると 思い出された。
けれど あの日 自分の中で これ以上 逢うと 惹かれて行くであろうと 感じていただけに 連絡が無いのは 淋しいながらも これでいいんだと 気持ちを打ち消していた。
ベランダに出て 夜風に当たると 優しく頬を撫でてゆく。
少し ワインで火照った身体を包みこむような 風に 季節が変わり始めたのを感じていた。
速水美樹・・・たった 一人で 28歳の誕生日を迎えた夜だった。



『美樹ちゃん これ レンダ起こして。後 このデザインもね。』
早いもので 右も左も分からない世界に飛び込み 周りのスタッフに支えられ 育てて貰いながら 1年が経とうとしていた。
少しづつではあるが 自分の描いたデザインが 商品となって 飛び立っていく。
誰が この商品を 手に取ってくれるのだろう。
誰が このリングを 指にはめてくれるのだろう・・・そう考えるだけで 『嬉しさ』と『不安』・・・・が 胸を躍らせた。
自分自身 お店に並んだ商品を そっと1点 買い求め 今でも 時々 眺める事がある。
今 私が起こすデザインより 不器用さが目立つリング。
でも 自分にとっては 愛おしい宝物だった。
少しづつではあるが 先生にも 私の描いたデザインの商品が 人気が出てきていると言われ 今夜は 少し手間を掛けたお料理を作ろうと デパートの地下食を歩いている時に 携帯が鳴った。
常務だった。
少し 静かな場所を探して歩きながら 電話に出た私に
『無沙汰をしていたけれど 元気かな?』
相変わらずの穏やかで 暖かい声が 聴こえてきた。
『はい。お陰様で 元気で暮らしております。お久し振りでございます。常務は お変わりなく?』
『アハハ・・・・相変わらずだね。私は もう 君の上司ではないんだよ。んっ?何だか 少し周りが騒がしいが まずい時に 電話を入れたかな?』
『いえ・・・・今 ○○デパートの地下食で 買い物を・・・』
『ああ それで 威勢のいい声が聴こえるんだね。買い物途中だったのかい?』
『ええ 今日は 早く上がれたので 少しチャンとしたお夕食を作ろうかと思って 買い物に・・・』
『では まだ 自宅ではないんだね。それは良かった。久し振りに 一緒に 食事をしてくれないだろうか・・・。少し 君の元気な姿を見せてもらって 私も 元気になりたい気分なんだが。迷惑かな?』
断らなければ・・・そう思いながらも 私は・・・
『私の顔で宜しければ・・・・』
応えた言葉に 後悔は無かった。
『ありがとう。では 7時に あの乃木坂の店で・・・いいかな?』
『はい・・・お伺い致します。』
『それでは 後で。』
電話を切った私の心が 静かな・・・けれど 喜びを感じている事に 気が付いていた。
それは 乾ききっていた地面が 突然の雨で たわわに水で満たされた様な気持ちに 似ているのでは・・・・と 一瞬 想いが過ぎった。
それが 許されない事であったとしても・・・・。
籠の中に入っていた多少の食材を 元の場所に 戻して 私は 一階に向かって歩き出した。



久し振りにお逢いした常務は 驚くほどに 風貌が変わられていた。
いつもの様に その気持ちを 察知された常務は 相変わらず穏やかに
『年をとったと 思っているんだろう。』
と 冗談めかしで 仰ったが 正直 一回り 小さくなられたような気がした私は 逆に曖昧に 微笑むしか 無かった。
『君は 正直でいい。さあ 今夜は 楽しい食事をしよう。いいかな?』
『はい。お久し振りにお逢いできて 嬉しゅうございます。ただ・・・』
『ああ・・・少し 痩せてしまったからね。だから 今夜は 君の顔を見ながら 美味い酒と美味い食事が したくなったんだ。色よい返事で 嬉しかったよ。元気そうだね。しかし 君も 少し 痩せたみたいだが 一段と 綺麗になった。あっ!!これは セクハラになるのかな?』



世間知らずの私でも 常務の日々の中で 何かが起こっている事だけは・・・痛いほど 感じる夜だった。

『寂光の愛・・・生命』  (16)_a0021871_552752.jpg

by deracine_anjo | 2005-03-19 05:02 | 『寂光の愛・・・生命』 小説