『名も無き 雑草。・・そして 此処に おります♪』 


by deracine_anjo
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『shutter』 短編小説 (7) 『残り香』

『shutter』  短編小説 (7) 『残り香』_a0021871_16254096.jpg


カーテンを引き忘れて眠ったのだろう。
朝日が部屋の中に差し込んでくる不思議な感覚に ボンヤリと意識が目覚めてくる。・・・と同時に 多少二日酔い気味の頭の中で 昨夜の事が・・・・。
そう・・・この狭いベットに 穏やかな寝息を立てて 無防備なリョウがいる。
起さない様に そっと 半身を起し 煙草に火を点けた。
リョウの寝顔は まだあどけなさが残る横顔の中に 傷だらけの戦士の様な孤独さを感じさせた。
たった20歳やそこらで 何を抱えているというのだ。今が一番 輝いている時だろうに・・・。時折 小さく眉間に皺を寄せて眠るリョウの心にある 痛みは何なのだろう・・・。
腕時計の針は まだ 5時過ぎだ。僕も もう一眠りしよう。
起さぬ様に そっとリョウの額にキスをして 眠りの中に戻っていった。




けたたましい目覚まし時計の音にたたき起こされ 飛び起きた僕の側には 概にリョウの姿は無かった。慌ててベットから抜け出し 狭い部屋を探したが何処にも姿は無い。
昨夜 渡した花束と共に 姿は消えていた。微かに甘い残り香だけを遺して・・・。
一抹の淋しさを感じたが (これでいいんだ)・・・自分にそう 呟いて 慌ただしく僕は日常の生活の中に 戻っていった。
頭の中で 今日一日のスケジュールを考える事で リョウとの昨夜の事を締め出そうとしていた。社に行けば そんな努力をする必要も無いほど 僕は仕事に追われ 一日が過ぎてゆく。忙しい時間の中では 想い出さなくてすむ。僕は リョウの事を忘れようとしていた。
いや・・・忘れなければいけないと 思った。
余り気乗りのしない接待も 今夜はかって出た。あの部屋に 戻りたくなかった。情けない男だ・・・・と思いながら 下手な歌に拍手を送る自分が 一段と嫌に成りながら。




一週間が過ぎ 10日が過ぎても・・・リョウからの 電話は掛かっては来なかった。今迄にも同じ様な事はあったが それは いつもの気まぐれだったが 今回はもう2度と掛かっては来ないだろうと思った。
この数ヶ月間 僕は夢を見ていたのだろう・・・・。切ないがとても楽しい夢だった。このまま そっと 心の深いところに鍵を掛けて仕舞っておこう。




もう 街は クリスマスや年末に向けて賑わい始めた休日・・・・久し振りの暖かな午後 僕は誘われる様に 足が自然と井の頭公園に向かっていた。
あの日と同じ様に 暖かな午後を楽しむ家族連れや恋人達で 冬の公園は華やいでいた。枯葉を踏みしめる音が何故か心地よく胸に沁みてくる。
リョウと初めて言葉を交わしたベンチは ラッキーな事に空いていた。
僕は 独り苦笑いをしながら ベンチに腰掛け あの時と同じ様に 煙草に火を点けた。




 

『そのベンチ 私の指定席なんだけど どいてくれない?おじさん!!』


             
            『shutter』 短編小説 (7) 『残り香』
by deracine_anjo | 2004-10-17 17:36 | 『shutter』 短編小説