『名も無き 雑草。・・そして 此処に おります♪』 


by deracine_anjo
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『微睡みの中で』 短編小説 (7) 『雪線』

『微睡みの中で』 短編小説 (7) 『雪線』_a0021871_2205789.jpg


『雪線・・・真夏でも 雪が消えない高さの地点を連ねた線』




ふと そんな言葉が 頭を過ぎる数日間を過ごした私は 漸く 改めて担当医と『残された時間+今後』について 詳細に聴き これからの私の体の変化や対処について説明を受け 考えなければいけない事が山積している 現実と戦わなければいけないと 心の整理をつけることが出来た。
そして それを 完璧とまでには到らなくても 処理しなければ 社会的にも人間的にも 『責任と義務』を果たすという事には成らないのだと 少し落ち着きを取り戻した思考回路の中で 私は動き始めた。




今日まで 自分でも これ程までに 弱い人間だとは思いたくはなかったのだけれど 正直 心の何処かで 『認めたくない』という せめぎ合いの中 逃げている私が存在していた。
けれど・・・少しだけ 冷静さを取り戻した私は 自分自身を奮い立たせ 『結末が見えた時間を どう生きるか』・・・その事だけに 心を注ぎ込む事に 何とか 漕ぎ着ける事が出来た。
それは ある意味で 『孤独』 との 戦いでもあった。
でも 私は 負けたくは なかった・・・・。
突然 何の予告も無く 全てを奪われた両親達の無念さに比べれば 私には もう少しだけ 『時間』があるのだから。
心の中 そう 何度も 呟きながら・・・。




病院での説明を 改めて聞いたその日は そのまま 会社には休暇届けを入れ 久し振りに両親達と共に 暮らした あの街へと 足が自然と向かっていた。
何十年振りだろう・・・・。
もう 私達が住んでいた家はない。けれど・・・・何かに 導かれる様に 私は 昔住みなれた駅に降り立っていた。
駅からの街並みは 随分と変貌を遂げていたが それでも そこかしこに 想い出が 顔を覗かせて 私の心を 自然と癒してくれる。
私を包む 風さえも・・・。
(あっ この角を曲がると お豆腐屋さんがあったっけ・・・もう ないのかしら?)
独り言を呟き 記憶の糸を手繰る様に 歩く街並みは 私を 優しく受け入れてくれていた。

記憶通りのお豆腐屋さんは・・・・今も あった。




少し疲れた身体を引きずるようにして タクシーから降り立った私は マンション脇に見慣れた車を 見つけた。
あの日 別れて以来 私は 藤堂を避けていた。
たかだか 3年の年月だったが 私の中で 彼の存在は 『片羽』 だった。
彼の今の立場が無ければ 私はもっと 脆く 彼にすがり付いていたかもしれない。
辛うじて 私を踏み止まらせていた壁が 車の脇で 立つ藤堂の姿を見た瞬間に 『崩れるかもしれない・・・・』 私は 自然と強く唇を噛み締めていた。




私を 捕らえて放さない瞳が 一歩一歩 近づくのを見つめながら・・・・・心の中で 呟いていた。



『ここに来ては いけない。』・・・・と。


            『微睡みの中で』 短編小説 (7) 『雪線』


             
by deracine_anjo | 2004-10-02 23:20 | 『微睡みの中で』  短編小説